尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

日本の戦争映画を選ぶ②

2015年08月13日 00時51分23秒 |  〃  (旧作日本映画)
 前回に挙げた6本の映画は、非常に力強い映画である。見ればさまざまなことを考えると思う。簡単に触れておくと、まず「野火」は、大岡昇平の原作が傑作である。フィリピンのレイテ戦を舞台にしているが、もはや敗戦というか、日本軍も「解体」している段階。1959年だから、もちろん現地ロケはできないが、人間性の極限を見つめる原作の迫力は十分伝わると思う。場所は違うが、テレンス・マリックの「シン・レッド・ライン」は米軍側から見た太平洋の戦いとして必見。

 「軍旗はためく下に」は、結城昌司の直木賞受賞作の映画化だが、この原作は普通の意味での娯楽作品を超えている。スパイ小説や私立探偵小説を書いた結城昌司は僕の好きな作家だが、検事局の事務官だった。ニューギニア戦線で処刑された夫の真実を突き止めようとする妻・左幸子の演技がすごい。戦争責任を突き詰めようとした日本では稀な戦争映画であり、大変な問題作。
(「軍旗はためく下に」)
 「一枚のハガキ」を作った新藤兼人は、広島出身で「原爆の子」「さくら隊散る」などの作品もある。100歳まで生きたが、最後に作った「一枚のハガキ」の迫力がすごい。あらゆる希望を戦争で失った大竹しのぶのすさまじい演技。その再生を描き、戦争の悲劇性を圧倒的な迫力で伝える。感服。

 「海軍特別年少兵」は、東宝の戦争映画シリーズの一本だが、非常に重要な作品。今井正は「ひめゆりの塔」の他、「また逢う日まで」「純愛物語」「キクとイサム」など広義の戦争映画をたくさん作った。最後の作品も、東京大空襲を扱った「戦争と青春」だった。戦後を代表する左翼リアリズム作家の、戦争ものの代表作は「海軍特別年少兵」だと思う。14歳で海軍兵学校に入った「特別年少兵」というほとんど知られていない少年兵の物語。

 「肉弾」は、岡本喜八の洒脱な資質が生きている。「特攻」に選ばれた兵士の物語ではあるが、いわゆる「特攻映画」ではない。特攻隊映画は、映画会社の商業映画でも独立プロの社会派映画でもいっぱい作られている。主演は興行用の必要もあり、人気スターが演じる。だから、人気スターが軍に反抗したりする映画はなく、結局悲劇の運命を受け入れて殉じていく主人公に涙する映画になっている。そういう難しさがある。「月光の夏」などはかなり健闘していると思うが。

 「TOMORROW/明日」をはじめ、広島、長崎の原爆を扱った映画は数多い。しかし、不満の方が多い。描けないのである。「男たちの大和」は戦艦大和を実物大で再現した。「アメリカン・スナイパー」も、イラクで撮った記録映画みたいだが、常識で考えてありえないから、どこかにオープンセットを作ったわけだ。お金をかければそのぐらいはできるだろうが、町ひとつ全部壊滅した広島、長崎を全部再現する映画は作れない。どんなにCGが発達したとしても。では、じっくりと人々に密着しても「黒い雨」は(悪い映画ではないのだが)今村昌平の映画を見る時の楽しみであるダイナミクスが少ない。
(「TOMORROW/明日」)
 他の作品を選んでしまおう。いろいろ考えて、次の4本を加えて10本。
★「人間の条件」(1959~1961、小林正樹監督)
 1・2部(ベストテン5位)、3・4部(10位)、5・6部(「完結編」として公開、4位)と3回に分けて公開された。全部で9時間31分。とにかく長くて、僕も一回しか見ていない。五味川純平の大ベストセラーの映画化。仲代達矢の主人公・梶があまりにも超人的だが、「満州国」の実態がよく伝わるのは間違いない。超大作シリーズの代表という意味で。マキノ雅弘の「次郎長三国志」シリーズ、深作欣二の「仁義なき戦い」シリーズのように、戦争映画の大シリーズとして有名なのだから。五味川の「戦争と人間」も山本薩夫監督で全3部の映画になっている。これも面白いが、鳥瞰図の面白さ。

★「春婦傳」(1965、鈴木清順監督)
★「赤い天使」(1966、増村保造監督)
 この2作は「慰安婦」と「従軍看護婦」を描くという貴重さから。ただし、戦争の中の女性問題を告発する社会派映画ではない。それぞれ野川由美子、若尾文子という女優を生かすプログラム・ピクチャーである。だから、この映画だけで慰安婦や従軍看護婦を論じることはできない。描写自体は史料批判をしないと、戦争理解には使えないと思う。だけど、恐るべき迫力で描かれた中国戦線の映画であり、それがなんらかの「現実」を反映していることも間違いない。また、日本映画が男たちだけでなく、戦場の中の女性、特に慰安婦を主人公にした映画も作られて普通に公開されていた事実も大切だと思う。「春婦傳」は田村泰次郎原作では朝鮮人の主人公を日本人に変えている。朝鮮人慰安婦も描かれている。「赤い天使」は有馬頼義原作。映画が持つ熱という意味では、この2本の映画はすさまじい。

ゆきゆきて、神軍(1987、原一男監督、ベストテン2位)
 ドキュメンタリーでも一本と思って考えてみると、これが「戦争映画」と言えるかどうかという問題もあるけど、やはりこの映画になるか。これもとにかく、すさまじい。原一男という人の映画はみなすさまじいけど、この映画の主人公ほど、ぶっ飛んでいる人も滅多にないだろう。

 「ビルマの竪琴」は、物語の偽善性に付いていけない。竹山道雄の原作のはらむ問題だが、これが今も「平和の物語」として知られているのが解せないから、パス。「私は貝になりたい」はB級戦犯に問われて死刑になる庶民の物語で、今でも日本人に「戦争の不条理」として知られている。だけど、上官に命令されて残虐行為に加わった時に、本来なら上官に反抗すべきなのである。だから、次に生まれる時には、貝になってはいけない。そういう問題もあるけど、そもそも上官の命令で戦犯に問われた下級軍人が死刑になった例はないことが、今は確認されている。物語の前提が崩れている。大島渚の「戦場のメリークリスマス」は僕にはよく判らない。大江健三郎原作の「飼育」の方がいいと思うんだけど。「火垂るの墓」も、もちろん悪くないですよ。でも、直木賞取った原作を読んでないの?

 「ひめゆりの塔」を始め、沖縄戦の映画がない。僕には不満というか、どうも悲劇を描くことへの通俗的な昂揚感が先に立つ映画が多いように思うのである。米軍統治下ではロケ出来なかったし。目取真俊原作、脚本、東陽一監督の「風音」(2004)などのように、現在につながっている映画もある。また「芥川賞を取ったもうひとりの又吉さん」である又吉栄喜の「豚の報い」の映画化(1999、崔洋一監督)もある。沖縄戦も映像化するのが難しいということだと思う。

 次点以下に挙げるとしたら、
◎「兵隊やくざ」(増村保造監督、1965) 日本映画では珍しく痛快娯楽の戦争映画。ただし、それは非人間的な軍上層部に反逆するという痛快性である。
◎「真空地帯」(山本薩夫、1952) 野間宏の有名な原作の映画化。軍の非人間的な構造を暴く反軍映画の代表作。軍内の私刑や腐敗が描かれるが、今では話が伝わりにくい。
◎「執炎」(蔵原惟繕監督、1964) 銃後の映画で、反戦映画の名作だと思うが、戦争映画として挙げるのには、ちょっと…。大好きな映画で、愛の崇高さにうたれる。
◎「少年時代」(篠田正浩監督、1990) これも名作で「学童疎開」の映画だが、集団疎開ではない。だから戦争映画というには弱い面がある。篠田監督には、直接戦争映画ではないが「あかね雲」のような脱走兵が出てくる名作がある。
◎「海と毒薬」(熊井啓監督、1986) 遠藤周作の傑作の映画化で、ベストワンになった。九大の生体解剖事件の話で、うーん、どうしようかと思った。傑作ではあるけれど、正直言って、これは辛い。一度は見ないといけないと思う。だけど、どうなんだろうと思うような映画である。これを入れるべきだったかな。最後まで迷う。
コメント (1)
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