尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ロシア映画「ラブレス」、愛の不在

2018年04月21日 22時53分08秒 |  〃  (新作外国映画)
 ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督(1964~)の映画「ラブレス」が公開されている。2017年のカンヌ映画祭で審査員賞を獲得している。それだけの力作に間違いないけれど、あまりにも暗い画面の連続で「愛の不在」を描いて、見るのが辛くなるほどだ。カンヌのコンペ部門に出るぐらいの映画だから、エンタメ性がなくてもいいんだけど、アントニオーニの「愛の不毛」を超えて現代は「愛の不在」なのかと暗然とする映画ではある。

 ズビャギンツェフ監督は2003年の「父、帰る」や2014年の「裁かれるは善人のみ」など、内容は暗いけど重量感のある映画を作ってきた。国際的な評価も高い。しかし、プーチン政権下のロシアを象徴するかのような、暗雲が頭上に立ちこめる圧迫感がすごい。今回の映画もある夫婦がそれぞれ違うパートナーを作って、離婚間近でひたすらケンカをしている。見ている方が鬱陶しくなる。12歳の男の子がいるんだけど、どっちも引き取りたくないらしい。そんな事情を知らされて、子どもはとてもつらそうな顔をしている。

 その子アレクセイがある日、行方不明になる。父の方は妻に出ていけと言われて、妊娠中の新しい愛人の方に行っていた。母の方も愛人と会っていて夜も遅いから、子どもは寝ていて朝は一人で学校へ行ってると思い込んでいた。そうしたら担任の先生から、二日間登校してないと電話がある。警察に連絡するが、どうせ家出だろうと言われ、事件がいっぱいだからと後回しにされる。そして、子ども探しのボランティア組織に頼んだらと言われる。

 この団体は実際に似たようなものがあるらしいが、実に水際立った実行力に驚く。あっという間に多数のボランティアが集まり、組織的に動いてゆく。行方不明児童探しのマニュアルとして使えるんじゃないか的レベルである。ただ一人の肉親である母方の祖母をまず訪ねるが、もともとうまく行ってなかったという話が裏付けられるだけ。この親にしてこの子ありという言葉を思い出す。子どものただ一人の友人から、「基地」の話を聞きだす。(パソコンを調べてメールにあったらしい。)そこは森の中の廃墟のホテルで、ここがまた映画のテーマを示すような荒廃ぶりである。

 現実世界で起きているんだから、家出か事故か犯罪か、何らかの合理的結末があるはずだが、この映画では明示的な結果は示されないまま時間が経つ。オバマの選挙ニュースが出てくるので、2012年秋のことである。ロシアではもう雪が降り始めている。この監督は、今まで荒涼たる風景の映画が多かったけど、今回はモスクワ近郊でロケされている。都市近郊の荒廃が際立っている。数年後、ウクライナ内戦をテレビがロシア寄りで伝えている中、それぞれは新しいパートナーと暮らしている。子どもは見つかっていない。暗澹たる力作である。
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「チャペック兄弟と子どもの世界」展を見る

2018年04月21日 21時20分32秒 | アート
 渋谷区立松涛美術館で「チャペック兄弟と子どもの世界」展が開かれている。(5.27まで)。金曜日は夜8時までやってるので、シネマヴェーラ渋谷で見てない映画「完全な遊戯」を見る前に寄って行くことにした。チャペック兄弟というのは、20世紀前半のチェコの作家、画家である。弟のカレル・チャペックの本を最近いっぱい読んで記事にしたから覚えている人もいるだろう。兄のヨゼフ・チャペックは画家で、展覧会は主にヨゼフの作品を展示している。
 
 松涛美術館はあまり大きなところじゃないけど、チャペック兄弟展にはふさわしい。子どもや田舎の生活、児童書の挿画など、並んでいるのヨゼフの絵を見ていると、心がほのぼのとしてくる。初期は明らかにキュビズムの影響を受けているけど、だんだんナイーヴ・アートに近い作品が多くなる。子どもを主なテーマにしていることも理由だろう。ヨゼフは「ファイン・アート」(芸術絵画)とナイーヴ派や複製芸術(本や新聞の挿絵など)は同等の価値を持つと考えていた。

 カレル・チャペックは絵はあまり書いてないけど、写真に興味を持って犬や猫を撮影した。それが「ダーシェンカ」などのステキな本になっている。日本でも何種か本が出ているが、世界中でダーシェンカの本が出ている。いくつかは展示されている。彼が撮った犬や猫の写真も展示されている。まあ、本で見たのと同じだけど。それよりカメラが展示されていたのが貴重。それで愛犬のダーシェンカを撮ったのかと思うと感慨がある。

 また戯曲「ロボット」が日本で「人造人間」として上演されたときのポスターも出ている。(5.8まで。)1924年に築地小劇場で上演されたのである。演出は土方与志で、ドイツにいた時に見たことがあったらしい。このポスターは日本にあるものではなく、誰かがチャペックに送ったものが保存されていたのである。上演日なども全部漢数字で書いてあるので、チャペックは何も読めなかっただろう。しかし数奇なる旅路の末に里帰りしたポスターは、感動的だ。

 松涛美術館では数年前に「カレル・ゼマン展」を見た。チェコのアニメ作家で、夢見る子どもの心を生涯持ち続けた人だった。東急デパート本店のBunkamuraのところをずっと坂を登ってゆく。案内表示が道にあるので、しばらく道沿いに歩いていくと右側に白井晟一設計の建物が出てくる。60歳以上シニア割引があるのも良かった。(渋谷区民は無料というのもすごいが、そういえば僕は渋谷区民を一人も知らない。)2階では舞台美術のデザインの前だけ写真が撮れる。ダーシェンカのクリアファイルを売ってたんで欲しかったけど、グッと我慢して帰ることにした。
  
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