尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

総合学習と指導要領-都教委と性教育問題②

2018年04月28日 22時24分12秒 |  〃 (東京・大阪の教育)
 ①で書いたように、都教委は足立区立の中学で行われた性教育の授業を非難している。その理由に「避妊、人工妊娠中絶等といった、学習指導要領上、中学校ではなく高等学校で指導する内容を取り上げた」と指摘しているわけである。そう言われると(評価は別にして)、そういうもんかと思ってしまうかもしれない。でも、僕の考えでは、その大前提を疑ってみる必要がある。

 当該の授業は「総合的な学習の時間」(以下「総合学習」)で行われたものである。しかし、都教委が指摘するのは「中学校学習指導要領 保健体育(平成20年3月 文部科学省)」である。えっ、「総合学習」は関連教科の学習指導要領に縛られているのか? そんな話は文科省もしてないんじゃないか。これじゃ「総合学習」は成り立たない。全国の「総合学習」のほぼすべては、学習指導要領違反になってしまうんじゃなかろうか。

 総合学習の指導要領の方を見てみると、「各学校においては,第1の目標を踏まえ,各学校の総合的な学習の時間の内容を定める。」と明記されている。ちょっと長くなるが、「目標」の方を引用しておくと「横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにする。」というものである。

 学習指導要領も「官製文書」だから読みにくい。だけど要するに、「自ら考え、主体的に判断する能力を育成し、自己の生き方を考える」といった目標のために、「各学校が総合学習の内容を定める」というのである。じゃあ、中学の総合学習で「避妊」に触れたって何の問題もないじゃないか。その通りである。授業内容に関する批判はもちろんあっていい。だけど、学習指導要領に反しているというのは明らかに間違っている。文科省は都教委を指導した方がいいんじゃないか。

 各教科と総合学習は何が違うか。教科で扱うことは、生徒に理解させないといけない。筆記や実技で教師が生徒の理解度を確認し、結果を5段階評価で示す。だから発達段階に応じて適切な内容じゃないと確かにまずいだろう。でも「総合学習」は数値による評価はしない。生徒が「自己の生き方を考える」ための学習なんだから、一生懸命に取り組んだかどうかを文章で評価する。大人が「学習指導要領に出てない」などと「自粛」してしまえば、本気で取り組んでないというメッセージになって逆効果でしかない。指導要領なんかの縛りを超えて、きちんと教えようという「本気度」を見せないと、生徒の意欲を呼び起こせない。

 今回の都教委の文書は、総合学習に関する悪い「判例」である。これじゃ何もできない。例えば、パラリンピックを通して障害者スポーツに関する学習を「総合学習」で行うとする。生徒が各グループに分かれていくつかの競技を調べて発表する。発表の場に各競技の選手も呼び、保護者や地域にも公開する。そういう学習に何か問題があるだろうか。しかし、中学校の保健体育の学習指導要領には、障害者スポーツへの記述はない。「車いすバスケットボール」も「シッティングバレーボール」も、もちろん「ボッチャ」も出てこない。よって、これは学習指導要領を超えるものだから、保護者の了解がなければできない…そういうことになるんじゃないかと思うけど、それでいいのか。それとも性教育だけ「ねらい撃ち」するのが目的なんだから、他はいいという言うんだろうか。

 何にせよ、都教委が「自ら考える」ことなど全然求めてないことははっきり判る。「アクティブラーニング」なんか、マトモに出来るはずがないということも。
コメント
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