尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

悲しみと再生、感動的な「風の電話」

2020年01月27日 22時24分29秒 | 映画 (新作日本映画)
 諏訪敦彦監督、モトーラ世理奈主演の「風の電話」という映画が公開された。知らない人が多いと思う。西島秀俊三浦友和西田敏行と助演の顔ぶれはすごいけれど、監督や主演女優では大ヒットは難しいだろう。しかし、この映画は東日本大震災をモチーフにして作られた数多い映画の中でも、最重要作品の一本として語り継がれるはずだ。特にラストの「風の電話」の長回しシーンは映画史の伝説になるだろう。アートにこのような力があるのだと示す感動的な名場面だと思う。

 「ハル」(モトーラ世理奈)と名乗る高校生は、岩手県大槌町を襲った大津波で父母弟を失った。その後は広島の呉に住む伯母と暮らしてきたが、その伯母も倒れてしまう。生きる希望を失ったハルはあてどなく道をさまよい、廃墟のような風景に泣き叫ぶ。一気に大槌にワープしちゃったのかと思ったら、これは呉を襲った西日本豪雨の被災地だった。通りかかった公平(三浦友和)に救われ、介抱される。公平の妹は自殺し、母は認知症だがハルに原爆の話を続ける。

 家に帰るように言われたハルだが、その後はヒッチハイクして故郷を目指して進む。様々な出会いがあるが、いい人ばかりではない。結局、森尾(西島秀俊)の車に拾われ、埼玉を目指すことになる。埼玉で探す友人のクルド人は今は入管に収容されて会えない。森尾は元は福島第一原発の作業員で、しばらく車内で寝ていた彼は久しぶりで福島に帰ることにした。彼も津波で妻子を失いながら、原発事故に複雑な思いを抱き続けていた。福島の家でハルは今は亡き家族を幻視する。森尾の父(西田敏行)は飲みながら原発事故で避難した子どもたちが差別されたと怒る。
(西島秀俊とモトーラ世理奈)
 諏訪敦彦監督(1960~)は自主映画を作りながら、「2/デュオ」(1997)で長編商業映画にデビューした。以来大学で教えたり、フランスに留学したりして寡作ながら、何本かの興味深い映画を作ってきた。1999年の2作目「M/OTHER」はカンヌ映画祭国際批評家連盟賞を受けた。僕が見ているのはその作品だけだが、非常に力強い映画だった。「H story」は「ヒロシマ・モナム-ル」のリメイク、「不完全なふたり」はロカルノ映画祭審査員賞、久しぶりの「ライオンは今夜死ぬ」(2017)はジャン=ピエール・レオ主演。フランスとの関わりが強く、海外の評価が高い監督だ。

 諏訪監督の手法は独特の即興的演出が特徴で、この映画でもその手法が存分に発揮されている。役者には状況設定だけを指示して、具体的なセリフは本人に任せるような方法である。どこまでがそうかは判らないが、明らかに劇映画とドキュメンタリー映画の狭間にあるというか、双方の魅力を共に取り込んだような映画になっている。巧みな物語を楽しむ映画なら、練り込まれたセリフを俳優がマスターする必要がある。しかし、俳優の自然な感情発露が求められる映画では、このような即興のセリフも効果的だ。この映画は極限的な悲劇を背負う少女を全身で演じる必要がある。

 ハルは森尾に連れられ、大槌に戻る。そして歩き回って、自宅跡を見る。その後、「風の電話」を訪ねる少年に出会い、一緒に向かうことになる。そう言えば聞いたことがあった。大槌町浪板に実在する「天国に繋がる電話ボックス」である。大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格さんが自宅の庭に設置したものだという。この電話はどこにも繋がっていない。訪れる者は亡き人に向けて思いの丈を語る。カメラは電話ボックス越しにハルを映し出し、彼女の語りを見つめ続ける。長いシーンをどこでも切らない。このセリフは作られたものではなく、思いを絞り出している。ここだけでも見る価値がある。
(実在の「風の電話」)
 この映画が素晴らしいのは、安易な「頑張ろう」的な感動ではなく、深い絶望と怒りを内包していること。悲しみの喪失感に打ちひしがれる少女が、いかに再生できるのだろうか。他の被災地や原爆、クルド人、原発災害などをドキュメント的に取り入れつつ、再生への静かな歩みを見つめることで、映画は狭義の「震災映画」を越え、多くの生きがたさを抱える人々の心に届く射程を獲得した。

 モトーラ世理奈(1998~)は「装苑」モデルから2018年に「少女邂逅」で映画デビュー。今後も続々と出演作が公開される。ほとんど暗い画面が続き、無愛想で無口な少女を映し出されるが、ラスト大槌に至って奇跡のように陽が差してきてハルが思いをあふれさせる。多くの若い人に届いて欲しい映画だ。イオンが出資していて、全国のイオンシネマ系などで上映されている。
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