尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

五輪テロと冤罪、映画「リチャード・ジュエル」

2020年01月21日 22時37分44秒 |  〃  (新作外国映画)
 クリント・イーストウッド監督の最新作「リチャード・ジュエル」(Richard Jewell)は、同名の人物を描いた映画である。名前をいわれても日本では誰も判らないが、1996年のアトランタ五輪で起こった爆弾テロ事件で最初に爆弾を発見した警備員である。当初は英雄視されたが、FBIによって捜査対象とされ一転して「疑惑の人物」となった。マスコミは自宅前に詰めかけ、母親の私物も押収された。そんなリチャードが陥った危機と疑いを晴らすまでの日々をドラマチックに描いている。

 巨匠クリント・イーストウッドは、1930年生まれで公開時に89歳だが、その作品世界は全く揺るぎなく完成されている。もっとも「許されざる者」や「ミリオンダラー・ベイビー」などのような渾身の大傑作とは違う。特に最近は「ハドソン川の奇跡」「15時17分、パリ行き」のような、市井の人々の勇気をうたいあげる作品が多い。カメラもシナリオも人物と事件をきちんと描き出す。実に自然な動きで、手法やテーマを特に意識することなく、スラスラと見られる。その語り口のうまさストーリーテラーとしての能力は全然衰えていない。そのことに改めて驚くしかない。

 見る前に様々なことを考えてしまう映画である。まずは「オリンピックとテロ」。1972年のミュンヘン五輪ではイスラエル選手団宿舎がアラブゲリラに襲撃された。それに続く五輪テロが、アトランタの死者2人の爆弾テロである。東京だって政治的宗教的な国際的なテロが絶対にないとは言えないし、日本でも「無差別襲撃事件」などは起こっている。もちろん直接的に「テロ対策」のための映画ではないが、五輪開催都市のお祭り騒ぎの中で警備している人がどう考えているかは理解出来る。

 事件が起こったときに、捜査当局は間違った方法を取った。このような事件を起こしやすい人物をプロファイリングして、証拠もなく第一発見者を疑ってしまった。確かに自分で仕掛けて第一発見者を装う人も時々いる。でも捜査手法としては、「冤罪の作り方」のお手本のようなミスである。しかも、その情報が地元紙にリークされ、全世界に報道されてしまった。リチャードは10年前の職場で弁護士と会っていた。人生でただ一人名前を知っていた弁護士ワトソン・ブライアントがここで登場する。
(一番右がイーストウッド監督)
 この映画ほど「取り調べに弁護士が同席する必要性」を説得的に描く映画もない。日本だったらリチャードは「無実なのに自白に追い込まれた可能性」は大いにあるだろう。法務省も日本の司法は公正だなどと強弁する前にこの映画を見た方がいい。リチャード・ジュエルは2007年に44歳で死んでいる。演じたポール・ウォルター・ハウザーはまさに名演。「アイ、トーニャ」や「ブラック・クランズマン」に出てた人である。生真面目すぎて融通が利かず、「法執行官」に憧れて警備員なのにメンタリティは警官みたいな人物。肥満体で母親と二人暮らし、貧しい白人の見本みたいなガンマニア。証拠はないけど、確かに疑われやすい人物ではあった。(後に真犯人が見つかった。)写真を見ると、本人そっくり。
(右が本人)
 弁護士はサム・ロックウェル。「スリー・ビルボード」の偏見警官役でアカデミー助演賞を受け、「バイス」でブッシュ元大統領をやってた人。リチャードの母バーバラを名優キャシー・ベイツ(「ミザリー」でアカデミー主演賞)が演じてアカデミー助演賞にノミネートされている。

 ところでウィキペディアを見ると、この映画の地元紙女性記者の描き方が問題視されたという。FBI捜査官に対し「色仕掛け」でスクープをものしたように描かれている。この記者の描き方が女性記者に対する「紋切り型」だというわけで、「女性蔑視」だと批判された。製作側は証拠に基づくと主張しているが、当該記者は死亡しているという。しかし、それ以上に問題なのは、その記者と新聞が証拠を点検することなく、本人の言い分も取材せず記事にしたことだろう。僕はこの論点は映画の全体的価値を損なわない「瑕疵」だと考える。何故ならリチャードは、捜査対象だったわけだから、いずれ弁護士と共に捜査当局と対決せざるを得なくなる。「FBI対リチャード・ジュエル」が映画の主たるテーマなのだから。

 アトランタ五輪といわれても、もうあまり覚えてなかった。映画にもあるように、聖火の最終ランナーがモハメド・アリだったことぐらいしか覚えてない。調べてみたら、田村亮子がまたも金を取れず北朝鮮のケー・スンヒに敗れて銀だった。有森裕子が2度目のメダル(銅)を取った。日本の金メダルは柔道の3つ。サッカー予選で日本がブラジルに勝った「マイアミの奇跡」もあった。
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