尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『哀れなるものたち』、異様な毒放つ破格の傑作

2024年02月06日 22時02分34秒 |  〃  (新作外国映画)
 2023年のヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得した『哀れなるものたち』(Poor Things)が公開された。ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス(1973~)監督渾身の大傑作で、米国アカデミー賞でも作品、監督、主演女優など計11部門でノミネートされている。(最多は『オッペンハイマー』の13部門。)もう間違いなく破格の大傑作なのだが、では全員に是非見るべしと言うのはちょっと憚られるか。皮肉というレベルを遙かに超えた異様な毒を放つ映画なのである。だから見た後で「名作映画を見たなあ」という感慨に浸りたい人には向かないだろう。しかし、これほど刺激的な映画には滅多に出会えないと思う。

 ヨルゴス・ランティモス監督は今までも『ロブスター』『女王陛下のお気に入り』など、毒のある変な傑作を作ってきた人ではある。そんな監督が『女王陛下のお気に入り』の次回作として5年ぶりに作ったのがこの作品。アラスター・グレイ(Alasdair Gray、1934~2019)という作家の作品が原作になっている。日本ではほとんど翻訳されていないが、この作品はハヤカワ文庫epiから翻訳が出ている。Wikipediaを見ると、A・グレイはスコットランド出身の非常に重要な作家として評価されているという。原作は読んでないけど、「毒ある設定」のほとんどは原作由来のようである。
(ゴドウィン・バクスター博士)
 19世紀のロンドンに異常までの才能を持つ外科医ゴドウィン・バクスターウィレム・デフォー)博士がいた。彼は動物の脳移植に成功するほどだったが、ある時投身自殺した女性の脳に胎児の脳を移植して再生させることに成功した。ベラ・バクスターエマ・ストーン)と名付けて育てるが、何しろ体は成人女性なのに脳が子どもなのである。教え子マックス・マッキャンドレスにベラが日々成長する様子を記録させると、やがてマックスは彼女に恋してしまった。体は大人のベラは性的快感に目覚めてしまってもはや歯止めがきかず、博士は二人を結婚させることにした。
(ベラの様子)
 ここら辺までモノクロで進行し、「前衛風フランケンシュタイン」なんだろうかと思うが、心配は無用である。その後は目くるめくカラー大冒険映画になっていく。結婚の書類を作るため、弁護士ダンカン・ウェダバーンマーク・ラファロ)を雇うと、ダンカンもベラにいかれてしまい、駆け落ちしようと持ち掛ける。成長を続け世界を見たくなったベラは申し出に乗り、リスボン、アレキサンドリア、パリを彷徨う。「礼儀」を身に付けていないベラは、常に「忖度なし」の言動を繰り返し、ダンカンを悩ませる。ついにはダンカンが船のカジノで大勝した金を、ベラがすべて貧民に寄付してしまう。
(ダンカンとベラ)
 ベラは今まで世界に貧富の差があることを知らず、真実を知ってしまった今では世界を変えなくては思う。だが無一文でパリに放り出されたベラには、自らの体を売る(=娼婦になる)以外の生き方は不可能だった。それは「19世紀イギリス女性」にとって絶対にあり得ない「不道徳」であるという「世間の通念」がベラには存在せず、彼女は「革命家の売春婦」になってしまった。その後博士の病気を知りロンドンに戻り、再びマックスと結婚することになると、今度は「自殺」前の前夫が現れ彼の館へ。ところがその夫がとんでもないDV男だった…。どこまでも波瀾万丈なベラの人生である。
(ヴェネツィア映画祭のヨルゴス・ランティモス監督)
 冒頭に原題を見た時、「Poor Things」なんだと驚いた。「哀れなる者たち」ではないのである。その事の意味に僕はようやくラスト近くで感づいたが、ここでは書かないことにする。表面的に見れば、この映画にはセックスシーンが多い。エマ・ストーンも全力で演じている。見せられるのは愛し合う二人が結ばれる美しいセックスではない。いつの間にか身に付ける「性的なことはあからさまに語らない」という「礼儀」をベラは身に付けていない。だから性的な言動が激しくなるのだが、それは決してエロティックではない。むしろ痛ましいと感じるが、ベラは全く気にしてないのである。

 ドイツ文学に「教養小説」(ビルドゥングスロマン)という概念がある。主人公があちこちを漂泊する中で成長する様子を描く小説で、ゲーテが代表的。日本の小説、あるいは物語全般にもそういう設定は多い。この『哀れなるものたち』もある意味、ベラの「成長」と「放浪」を描く「教養小説」的な構成になっている。だけど「マッド・サイエンティスト」の創造というSF的設定もあり、普通のリアリズムを越えている。その描き方も破天荒にすさまじく、一度見たら忘れがたい。「何も知らない」という設定を与えると、こんなに凄いことになるのか。同時に19世紀を再現した美術や衣装も素晴らしく、技術面の貢献も素晴らしい。

 ヨルゴス・ランティモス監督作品は、今まで『あまりに変な映画「ロブスター」』、『「聖なる鹿殺し」、再びの不条理劇」』、『傑作映画「女王陛下のお気に入り」』と3本をここでも紹介している。変な映画ばかりだが、間違いなく今の世界でもっとも才能にあふれた監督だ。好き嫌いはあるかと思うが、真ん中辺りまで見ればこれは凄い映画だと目を見張って見続けることになるだろう。

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