尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

八王子城を見に行くー日本百名城の廃城

2024年12月04日 22時40分07秒 | 東京関東散歩

 関東地方は比較的暖かな小春日和が続いている。そういう日にまだ行ってない日本百名城に行こうと思って、八王子城に行ってみた。国指定の史跡としては「八王子城跡」となる。戦国時代末期、北条氏にとって小田原を守るための重要な軍事拠点だった山城で、1590年に豊臣秀吉軍に攻め落とされて廃城となった。現在は発掘、整備が続き、2012年には「ガイダンス施設」が出来た。

 結構大変な山城で、安土城ほどじゃないけど山歩きは久しぶりなので大丈夫かな。主に「御主殿」(ごしゅでん)エリアと山登りがいる本丸エリアに分かれている。何かすぐに山に登る人もいるようだが、城としては「御主殿」の方を見ないといけない。八王子城は北条氏政(4代目)の弟北条氏照の本拠地だった城で、氏照の館があったとされるのが御主殿である。管理棟から左の方へ下って、山道を歩いていく。なかなか着かないなと思う頃、城山川にかかる曳橋が出て来て、渡ると虎口の石垣が見えてくる。

   

 その前に出発地点に戻すと、管理棟前に「史跡八王子城跡」とあり、そこから「御主殿方面」と書かれた道がある。そこを進むと気持ち良い山道が続いている。山登りの後では御主殿に行くエネルギーがないと思って先に行ったが、結果的にはこっちだけでもよいかも。城というのは戦闘のために作られるわけだが、実際に戦争になった城は少ない。江戸時代に作られた城は、権力を誇示するかのような巨大な建造物になった。大坂城のように「冬の陣」「夏の陣」で実際に戦闘に巻き込まれ焼け落ちた城あるが、後に再建された。その点、八王子城のように実際に戦闘が起こって、そのまま廃城になった城は全国を見ても少ない。

   

 進んで行って虎口(こぐち)に着くと石垣があるが、これは残っていたものではなく史跡指定後の整備事業で再建されたものである。虎口とは曲輪(くるわ)の出入り口だが、敵と最初にぶつかる地点だから曲がったりして突撃しにくいようにしている。なるべく当時の石垣・石畳を使って「できるだけ史実に忠実に復元」とパンフに書いてある。虎口を登り切ると御主殿跡だが、ここは調査・整備の途中で今はただ空き地である。もっとも建物の礎石が判るような整備をしている。

   

 その先に「御主殿の滝」があって、そこで北条方の婦女子が自刃して身を投じたという。見に行かなかったんだけど、正直言えば、存在に気付かなかった。そこから戻って、今度は本丸への山登り。山自体は標高445mだが、ほとんどが直登で標準タイム40分。とてももはや標準では登れず、休み休み登る。40分というのは、ちょっとした低山ハイクで、しかも登りにくい石だらけ。本格的な登山靴までは要らないだろうが、ただの城めぐりじゃなく山登りの覚悟は必要。

   

 まあ休み休み行くうちに次第に高度を稼ぎ、7合目、8合目、9合目の標石が出て来る。途中で八王子から都心方面を一望出来る展望がよい場所があった。登り切ると八王子神社がある。さらにその上に本丸があるというので、行こうと思ったが道が大変なので途中で止めてしまった。多分霜が解けるんだと思うが、山道はかなり滑りやすく、細い道だと危ないなと思った。特に何もないところで、もともと天守閣などはなかった城である。豊臣軍の攻撃に備えて、急ごしらえで整備された城で、最後まで完成していなかったとされる。展望的には低山ながら眺望を楽しめるが、史跡というよりは低山だった。

   

 北条氏照は兄である北条氏政を助けて、軍事・外交を担って活躍した武将である。もともとはもう少し北にあった滝山城が本拠地だった。八王子城は1571年に建造が始まった(他の説もあるらしい)が、氏照の本拠となったのは1587年である。滝山城も「続日本百名城」に指定されていて、武田信玄や上杉謙信に攻められたこともある。しかし、山城としては低いため、統一権力の豊臣軍との本格的交戦を予想して、本拠地を移したと考えられている。そして、実際に3年後に大軍が押し寄せてきた。

 1590年7月24日、上杉景勝、前田利家、真田昌幸らの1万5千人ほどの大軍に攻められ、一日も持たず落城した。城主の氏照は小田原に行っていたため、城代など3千名ほどが籠城していたと言われるが、城攻めの際は「衆寡敵せず」である。これほどの人数差があれば勝ち目はなかった。しかし、八王子城である程度時間が稼げると踏んでいた北条氏としては痛恨の敗戦になった。そのまま小田原は開城に追い込まれることになった。氏照と前当主(4代目)氏政は秀吉から切腹を命じられた。

 そういう場所だからか、ネットで検索すると「八王子城」と打ち込むと、「危険です」とか「心霊スポット」などと表示されるほどである。まさかそんなことがあるわけもない。そんなことを言い出したら、広島、長崎、沖縄本島はもちろん、東京や大阪だって行けなくなってしまう。ここの場所は東京西部の中心地八王子市の中でも西の方、大まかに言えば高尾山の北の方である。圏央道八王子西インターから10分ぐらい。土日はバスがあるとのことだが、平日はタクシーかマイカーになる。


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