

佐久の車の特徴の1つはウインカーを中々出さないことだ。交差点では曲がる直前か曲がりながら出す。車線変更くらいでは出さない。もう1つは自転車を追い抜く時に自転車から1m以上離れることだ。これはもう追い抜きではなく追い越しだ。幅の狭い軽自動車でもハンドルを切ってセンターラインを大きく跨いで追い越して行く。
もっと凄い車だと完全に向こう側の車線を走ったりする。自転車の安全を考えてて一見良いことのように見えるけどそうでもない。対向車が来ててもそれをやるからだ。正面衝突したら車はどういう挙動をするんだろうと考えたりする。予想もしない方向から車や車の部品が飛んでくることも有り得る。
これは見通しの悪いカーブでもこの走り方は変らない。こういう経験は佐久に来るまではあまり無かった。どちらかというと自転車の脇すれすれに追い抜かれることの方が多かった。自転車から大きく離れるのは交通量が少ない地域に根付いた習慣なのかな。
自分が車で自転車や原付を追い抜く時、自転車との距離は40~50cmくらいだ。もしかするとこれは佐久の自転車にとって想定外の乱暴な運転をされた事になるんだろうか。取り乱して転倒しちゃうかな。それは困るから俺も右側通行して自転車を抜くか、ってそれは無理。
もっと凄い車だと完全に向こう側の車線を走ったりする。自転車の安全を考えてて一見良いことのように見えるけどそうでもない。対向車が来ててもそれをやるからだ。正面衝突したら車はどういう挙動をするんだろうと考えたりする。予想もしない方向から車や車の部品が飛んでくることも有り得る。
これは見通しの悪いカーブでもこの走り方は変らない。こういう経験は佐久に来るまではあまり無かった。どちらかというと自転車の脇すれすれに追い抜かれることの方が多かった。自転車から大きく離れるのは交通量が少ない地域に根付いた習慣なのかな。
自分が車で自転車や原付を追い抜く時、自転車との距離は40~50cmくらいだ。もしかするとこれは佐久の自転車にとって想定外の乱暴な運転をされた事になるんだろうか。取り乱して転倒しちゃうかな。それは困るから俺も右側通行して自転車を抜くか、ってそれは無理。

8月までは 3.6 を使ってたというのに半年足らずで 9.0 ってのも何なんでしょって感じだ。普段使ってるパソコンはノートなので使わない時は休止状態にしてる。だから Firefox も再起動することは無い。なのでのでそれを機に更新することも無い。
というのも Firefox の更新を自動にしてないからだ。ふと思って Firefox の更新があるのか確認してみた。新しいのが出てた。更新してトラブルになるのも嫌なので普段は世の中の様子を見ながらするんだけど、何かに押されるような感じでクリック。その後 Dictionary Search は使えないよって警告が出てたにもかかわらずクリック。
8.1 から 9.0 に更新したが、警告通り Dictionary Search は使えなくなった。その代わり消費メモリーが半分とか3分の1に激減。そこで辞書サイトを常時開いておくことにした。操作的には Dictionary Search に比べて手数が多くなってしまうけど仕方ない。
天気の悪い日、洗濯した敷布を吹き抜けに干しといた。そこにやって来たヨメ友が 「 オブジェかと思った 」 なんて言ってた。さすがこの人は感覚が違うわとか何をすっ呆けたことをと思った。でも後で思うと光栄なことかも。

枯れたアレチウリ
以前大きな布で色々な物を覆ったのを芸術だなんてやっていた。上の写真は河原のアレチウリが枯れた果てたところ。所々尖ってる所には若いニセアカシアが生えているけど、丁度大きな布で覆った現代アートっぽく見えないこともない。
版画家の棟方志功が 「 おでこにホクロを付ければ裸の絵が観音様になる 」 なんてことを言っていた。最近はこれはアートだと言うとアートになっちゃうって感じだ。てなわけでちょっと画像を弄ってみた。以下、現代アートとして見てくれればオッケー。




以前大きな布で色々な物を覆ったのを芸術だなんてやっていた。上の写真は河原のアレチウリが枯れた果てたところ。所々尖ってる所には若いニセアカシアが生えているけど、丁度大きな布で覆った現代アートっぽく見えないこともない。
版画家の棟方志功が 「 おでこにホクロを付ければ裸の絵が観音様になる 」 なんてことを言っていた。最近はこれはアートだと言うとアートになっちゃうって感じだ。てなわけでちょっと画像を弄ってみた。以下、現代アートとして見てくれればオッケー。


