しんとした気持ちのまま、ずっと深呼吸ばかりしているわけにもいかないので、
先へ進みます。引き続き、旅日和 について。
この本の、主人公「私」の部屋には、「ひとりの女性が海辺で傘をさして
遠くの海を眺めている」絵が飾られていて、その絵を眺めながら、
「私」は思います。
彼女は何処かへ行きたいのだろうか。
それは私の気持ちと一緒だろうか。
私は彼女の気持ちを通り越し
心をそわそわ躍らせて
少し旅に出てみようという気分になった。
そうして「私」は小さなトランクに荷物をつめて、車に乗って旅に出ます。
ある日、ふと思いつき、誰にも相談したりすることなしに、何処かへ行かれる
なんて、なんと贅沢なことなんでしょう‥。今の自分から一番「とおいところ」に
あるものが、こういう旅なので素敵さが、さらに増すのかもしれません。
遠い太鼓 村上春樹著 のはじめのほうにこんな箇所があります。
「ある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が
聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の
音は響いてきた。とても微かに。そしてその音を聞いているうちに、僕はどうしても
長い旅に出たくなったのだ。」
遠くから聞こえてくる太鼓の音にいざなわれて、村上春樹さんは、ギリシアへと
出かけて行きました。そして、このエッセイを読んだ当時の私もまた、心のざわつきを
抑えることができず、それまでの日常生活から離れた、別の場所へ行く事を選びました。
そんな思い出があるからなのか、それとも、それが「思い出」のくくりの中に、
いまだに入っていないからなのか。とおいところにいる自分を思ってみたりします。
それは決して、現実からの逃避でも、日々の生活の否定でもなく、ただ想ってみるだけ。
でもいつか、2度目の「とおいところ」があるかもしれないので、そのための準備?
だけはしておこうと思います。
★おまけ★
山本祐布子さんの、切り絵を用いたイラストはとても素敵です。紙の切り口は
シャープなのに、使っている紙に温かみがあるせいか、とてもやさしい図柄に
仕上がっています。ところどころに使われている英文字のロゴとか、本物の消印等が
とても効いています。紙を貼ることによってできる、ほんの少しの高低が作品に
陰影を与えているような(実際に影などできてませんが)気がします。