朝からとてもきれいに晴れ、昨晩の雨で洗われた緑の美しいこと・・・
「絵本の話を中心に」のブログのはずが、本や絵本の紹介をするのは、1週間に1冊程度になってしまっているこの頃。こんなんでいいのかなあと、思いながらも、今日も絵本のお話はお休みです。(すいません)
そう、タイトルの「早紀江さん」は、アメリカ大統領と会うことになった横田早紀江さんのことです。本日のトップニュースですよね。一般人(しかも外国人)に、30分も面会の時間が取られているのは、異例とも報道されてました。政治的な背景とか、アメリカ側の事情とか、諸々のことがあるのでしょうが、そういうのを語ったり議論したりするつもりは、私にはまるでないんです。
ただ。横田早紀江さんは、私の母とほぼ同じ年なんです。母も還暦+10歳(今年の秋で)のわりのは、仕事もしているし、毎日スポーツクラブにも通い、とてもその年には見えないと、娘の私でも思うほど。しかし、そういう日々の暮らしとかけ離れた次元のところで、ほぼ同じ年の女性がされていることを見ると、その大変へさの度合いの大きさに、胸を打たれます。
すこし前、早紀江さんが渡米し、下院の公聴会で証言することになったというニュースを、夕食時に家族で見ていました。「証言って議会で演説するんだよね。すごいね、すごいことになってきたね」と言った私に、夫は「この人はできるかもしれないけど、同じ立場にいてもできない人だっている」的なことを言いました。(夫は大勢の前で、話をすることがとても苦手だと日頃から公言しています)
「私はできるよ。私は、もし同じ立場だったら、どこへでも行くし、なんでもする」
間髪いれずに答えた自分の声に、自分でもちょっと驚いていたら、「まあ、あんただったらできるでしょ」と夫。そんな二人のやり取りを、娘は、首をつっこむ隙をうかがいながら、注意深く聞いているようでした。
大きな事件や事故に巻き込まれて、ある日突然、自分が「渦中の人」になってしまったら?
昨日テレビで見た出来事が、いつ自分たちに起こっても決しておかしくない世の中です。悲しい事件を知るたびに、もしも自分がその立場におかれたらと、考えてみます。行動を起こすことはできるだろうか、勇気を取り戻すことはできるだろうか、分かり合うことはできるだろうか、許すことはできるだろうか、最後まで戦い抜くことはできるだろうか、自分の信じていることをずっと信じていられるかどうか、などなど。
今私が居るのは、小さな出来事、小さな幸せ、繰り返される毎日で構成されている、「小さな幸福」の世界です。だからせめて、私にできるようななにかがあったら、私にしてもらいたいと周りの人が望んでいるのなら、私がやるべきだと私の心の声が言っているのなら、ためらわずに、まっすぐ手を挙げなければと思っています。
スーツ姿の早紀江さんの姿を見るたびに、そう思うのです。