春になって、暖かくなって、花屋さんの店先でその花の姿を見かけるようになったら、
ここにも登場させたいなあと思っていたのが、この本です。
『ルピナスさん』 バーバラ・クーニー 作 掛川恭子 訳
クーニーの代表作のうちのひとつで、原題は『Miss Rumphius』。けれど、邦題は『ルピナスさん』。
おまけに、小さなおばあさんの話というサブタイトルもついています。
もちろん、どんな人だって、最初からおばあさんだったわけでは、ありません。後にみんなから
「ルピナスさん」と呼ばれるようになったこの女性にも、子ども時代があり、青春時代があったのです。
クーニーの描く他の作品にも見られるように、このお話も、アリスという名前の少女の視点で語られています。
アリスにとって、ルピナスさん=ミス・ランフィアスは大叔母にあたる人です。ミス・ランフィアスの名前も、
アリスと言うので、その大叔母さんの名を彼女はいただいたのでしょう・・
子どもの頃のアリス(のちのルピナスさん)は、看板絵や船首像を作るおじいさんの仕事を手伝ったり、
遠い国々の話を、そのおじいさんから聞かせてもらっていました。
おはなしがおわると、アリスはいつもいいました。
「大きくなったら、わたしもとおいくににいく。
そして、おばあさんになったら、海のそばの町にすむことにする」
そう言うアリスに、おじいさんは、もうひとつしなくてはならないことがあるぞ、と言います。
「世の中を、もっとうつくしくするために、なにかしてもらいたいのだよ」
「いいわ」なにをすればいいかはわかりませんでしたが、アリスはおじいさんに
やくそくしました。
おとなの女性へと成長したアリスは、まずは図書館で働きます。図書館には遠い国々について
書かれた本がたくさんありました。その後、アリス(この頃はすでにミス・ランフィアスと呼ばれています)は、
「本物の」南の島へと出かけます。雪山登山やジャングル、砂漠へも。
おじいさんとした約束のうちの一つめは果たされたわけです。
ラクダから降りる時に、背中を痛めたことを「きっかけ」に、ミス・ランフィアスは、海のそばに暮らす
場所を見つけることにします。二つめの約束です。美しい海を見渡せるその家のポーチで、
ミス・ランフィアスは考えます。
「でも、しなくてはならないことが、もうひとつある。世の中を、もっとうつくしくしなくてはならないわね」
それにしても、なにをすればいいのでしょう? 「いまでも、それほどわるくないのに」
痛めた背中の具合が悪くなり、芳しくない数年が続きます。ベッドでの慰めは、前の年に蒔いた
花の種が芽を出し、花を咲かせたことでした。
「ルピナス。わたしのいちばんすきな花」
散歩ができるくらいに回復し、ある日、丘の向こう側まで足をのばしてみると、風が種を運んでくれた
おかげで、あおや、むらさきや、ピンクのルピナスの花が、さきみだれていたのです。
おじいさんとの約束の3つめは、ついに果たされるときがきました。ミス・ランフィアスは、大好きな、
美しいルピナスの花で、村中を埋め尽くすことを考えついたのです。そうして、いつしかミス・ランフィアスは
ルピナスさんと呼ばれるおばあさんになっていました。
いまでは、かつてのアリス(ルピナスさん)がそうだったように、アリス(語り手の)は大叔母さんから、
遠い国々の話を聞かせてもらいます。そして、同じように、大きくなったら遠い国々へ行き、帰ってきたら
海のそばに住むと言います。そんなアリスに大叔母は「世の中を、もっとうつくしくするために、
なにかしなくては」と言うのです。もちろん、アリスは答えます。
「いいわ」
ミス・アリス・ランフィアスという女性の生涯が、ルピナスの花と重ねられ、美しい物語となって
胸に残ります。
おばあさんになったとき、語られる話を、私は持っているのかなあと、思います。
おばあさんになった時のために生きているわけではないけれどー。それでも、アリスのような、
好奇心満ち溢れた少女に、継いでもらえるもの、少女が受け入れたいと思うようなものを、持っているでしょうか。
世の中を美しくするためにできること。 これは、すぐに目に見える美しさでなくても、気をつければ、
誰にもできることがあるはず。正しいものを選ぼうとする力、正しくないものにNOと言える勇気、
心の声に耳を澄ますこと・・・。