この3月で定年退職される同僚の送別会を兼ねた研究合宿に出かけてきた。
場所は、鎌倉の由比ヶ浜沿いにある私学共済の「あじさい荘」。
一昨日、2月23日(木)は朝から雨。時おりけっこう激しく降ることもあった。やや気が重かったが、行かないわけにもいかない。
池袋から湘南ライナー逗子行き普通列車で60分ちょっと、鎌倉駅に到着。江ノ電に乗り換えるところで、退職される先生と合流する。
長谷駅で下車。雨が強いので、駅舎の2階にある五鉄ラーメンという店に入ると、すでに先客の同僚たちが餃子をつまみにビールを飲んでいる。
次の電車でさらに同僚3人が入ってくる。
ラーメンを食べ終わり店を出ると、雨は小降りになっていた。徒歩10分足らずで、あじさい荘に到着。
玄関前に立った電信柱には「ここは海抜3・1メートル」という看板がかかっていた。「怖いねー」というものの、誰も避難経路は確認せず、中に入る。
研究報告は3本。
夕食後は風呂に入って、カラオケ。
最年長は定年となる70歳の先生、最年少でも50歳というメンバーは、“カラオケはタイム・マシンである!」と思っているぼくには程よい年齢構成である。
最初に女性の先生が「夜明けのスキャット」(由紀さおり)を入れたりするのだから、ドンピシャ!である。
できれば、もっと絞って昭和23年生まれから27年生まれに限定できると、「タイムマシン」としての性能はもっと上がるのだが・・・。
「卒業写真」(ハイファイセット)、「風」(シューベルツ)、「旅人よ」(加山雄三)、「帰ってこいよ」(松村和子)、などをビールを飲みながら歌う。
最後に「なごり雪」を歌おうと思っていたのだが、女性教師が2、3曲続けたところで時間切れ。
ご当地ソングの「真白き富士の嶺・・・♪」も歌いたかったが、曲名が分からなかった。入ってなかったのかも知れない。
翌日、2月24日(金)は、前日の雨がウソのような暖かい春日和。
午前9時には宿を出て、長谷駅から鎌倉駅経由で北鎌倉へ。同僚の中に東慶寺に顔のきく先生がいて、その先生の案内で寺内を見学。
家族法学の草分けである中川善之助先生のお墓にお参りする。先生の命日である3月20日は私の誕生日でもある。先生が上野駅で亡くなられてからもう何年経つだろうか。
東慶寺の正門わきの梅の木にはちらほらと白い花が咲きはじめていた。
「鉢の木」で昼食をすませ、北鎌倉駅で現地解散となったが、戸塚駅で人身事故とかで電車が来ない。
小津安二郎の“晩春”のファースト・シーンの北鎌倉駅の上りホームは、(おそらく)北鎌倉女子学園のクラシックな制服姿の女学生たちであふれかえっていた。
鎌倉の旅で、彼女たちの制服姿だけが小津安二郎の世界を思い出させてくれた。
おなじく“晩春”だったかに写る北鎌倉駅の踏切はこれだろうか。木々の葉が初夏の風に揺れるあの面影はもうなくなってしまった。
せっかくなので、小津安二郎監督の“麦秋”の最初に出てくる北鎌倉駅のショットと、途中で出てくる、北鎌倉駅のホームで二本柳寛が原節子に、「チボー家の人々」、もうお読みになりましたか? と話しかけるシーンを載っけておく。
“晩春”も同じ北鎌倉駅のショットから始まるが、微妙にカメラの位置が違っている。(いずれも、Keep社の“日本名作映画集22”から。)
2012/2/25 記