バルザック『あら皮』を読み終えた。
しんどかった。長い・・・。せめて挿絵があったなら、挿絵で数ページは端折ることができるのだが。この巻の月報には、ポーリーヌの肖像を描いたイラストが紹介されているところを見ると(後出)、フランスには挿絵入りの版もあるようだ。角川文庫の「ゴリオ爺さん」も挿絵入りだった。
「人間喜劇 全作あらすじ」とかいった本が出ているらしい。これで済ませたい気にもなるが、せっかく40年前に買った全集はどうする・・・。
「意志論」の執筆に精魂を使い果たし、それに加えて放蕩の生活で、疲れ果てた主人公ラファエル(以後R)が、最後の有り金を賭けた賭博で負けて、セーヌ河に身を投げるために夜になるのを待って河畔の骨董屋にふらりと入る。
そこの老主人から、不思議なアラビア語の呪文が書かれた古びた<あら皮>を渡される。その皮は、持ち主が幸運を手に入れるたびに、その人の寿命を縮めるとともに皮も縮まってゆき、最後は持ち主の死を招くという。
Rはその皮をもって骨董屋を出ると、偶然サロンに向かう友人たちと出会い、そこから幸運が始まる。しかしサロンで出会った伯爵夫人フェドラを籠絡させようと試みるが、不首尾に終わる。皮は縮み始める。音信不通だった伯父が亡くなり、その莫大な遺産がRに転がり込む。その財産で放蕩の日々を過ごすが、その間も皮は縮んでゆく。皮を伸ばすために当代の科学者を訪ねるが、皮は縮む一方である。
やがてRは肺結核を患い、転地をするが回復することなく、パリに戻り、貧しかったころにRを愛し、優しく接してくれた安宿の娘ポーリーヌ(以下P。これまた相続によって今は裕福になっている)の胸に抱かれて27歳の生涯を閉じるのである。
下の写真は本館の月報に載っていたポーリーヌの肖像。「あら皮」第5版 デロワ・ルクー本挿絵、とキャプションがついている。「本挿絵」とはなんだろう?「デロワ・ルクー本」の挿絵ということか。
それだけの話である。
Rの生い立ち、放蕩の日々と伯爵夫人との駆引きの部分は読み飛ばした。というより、ほとんど読まずにページを繰った。
バルザック自身の学校時代の父子関係を下敷きにしたと思われる描写や、同じく彼の代訴人(公証人だったか)の書生時代の体験を下敷きにした場面、執達吏が遺言執行にやって来る場面などは、多少の興味を覚えた。霧生の評伝にあったバルザックの経歴そのままであろう。
前にも書いたように、「あら皮」の趣向は芥川の「魔術」を思わせ、RとPとの関係は遠藤周作「わたしが・棄てた・女」を思わせる。ぼくたちの受験時代に必読書だった島崎敏樹の本(「心で見る世界」とか「心の風物詩」とか何か)に、「男が憧れるのは、母性と処女性と娼婦性を兼ねそなえた女である」と書いてあったが、ポーリーヌはそんな風に描かれている。
あくまでぼくの個人的な感想であるが。あるいは、Rの物語は『ゴリオ爺さん』を、Pの物語は『谷間の百合』を思わせる。ただし、これもあくまでぼく一人の感想である。何と言っても、この2作品を読んだのは今から50年以上前のことで、印象以上の記憶はないのだから。
老いの身にとって、良かったのはRの臨終のシーンである。
まるで霧生和夫「バルザック」で読んだバルザック自身の臨終、--それは「あら皮」の執筆から約20年後(1850年)のことであるが--を予期していたかの文章である。
「ラファエルは眠っているうちに美しく輝いてくる。白い頬はいきいきしたばら色にそまり、少女のようにやさしい額には才気があらわれ、この休息をとった、静かな顔のうえにはいのちが花咲いていた。母にまもられて眠る嬰児にもたとえられよう。彼の眠りはたのしいものであった。くれないの唇は、すんだ、平静な寝息をかよわせ、うるわしい人生の夢にわれを忘れているものか、彼の顔にはかすかな笑いさえただよっている。彼はきっと百歳の長寿をまっとうしていることだろう。孫たちは彼がもっともっと長生きすることを願っているだろう。ひなびた椅子を陽なたにもちだし、木かげにすわって、予言者のように、山の頂きはるかな約束の地をながめていることだろう!・・・・・・」(山内義雄・鈴木健郎訳、219-220頁)。
できれば、ぼくもこんな最期を迎えたいものである。
なお、本巻(全集第3巻)には、「あら皮」のほかに「追放者」と「シャベール大佐」も収録されているが、巻末のきわめて簡単な要約だけ読んで、スルーした。「シャベール大佐」は霧生が推薦していたし、当時の代訴人の日常業務が描かれているというので、いつか読んでもよい。
* * *
さて、この3か月の間に、ルソー「エミール」を読み、モンテスキュー「法の精神」を読み、そしてバルザック「結婚の生理学」と「あら皮」を読んだ。18、19世紀の--といっても、この3人だけであり、すべてに共感したわけではないが--、これら3人の作家たちの<筆圧>が伝わってきた。あの長編を1本の羽ペンとインクで書いたのである。
今日のようにワープロのキーボードを叩いてできた文章は、どんなに長いものでも、彼らに太刀打ちすることはできないだろう。わが国の作家でぼくが「筆圧」を感じたのは高村薫だけだが、『マークスの山』は手書きで書かれたのだろうか、ワープロだろうか、とふと思った。手書きであってほしいが・・・。
2020年7月24日 記
※ 冒頭の写真は、スタインベック『エデンの東(下巻)』(早川書房、1964年、13版)の巻末に載っていたツヴァイク『バルザック』(水野亮訳)の広告。1960年代の早川書房の単行本の巻末にはたいていこの広告が載っていた。ぼくはこの広告ではじめてバルザックの鬼気迫る肖像と出会った。クロース装1200円のほかに、函入羊皮皮装1900円という豪華版もあったらしい。『エデンの東』下巻が420円の時代にである。