豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

まだまだ “切り裂きジャック”

2020年09月10日 | 本と雑誌
 
 9月に入っても、怪奇小説月間(?)から抜け出せないでいる。

 コリン・ウィルソン&ロビン・オーデル『切り裂きジャック--世紀末殺人鬼は誰だったのか?』(徳間文庫、1998年)を再読した。
 最初に読んだのは1998年9月9日と最終ページに書き込みがある。ちょうど22年前のきょうだったらしい。

 コリン・ウィルソンも一時期たくさん読んだ作家の一人である。
 何をきっかけに彼の本を読むようになったのかは、今でははっきりしないが、代表作といわれる『アウトサイダー』は読んでいないので、『殺人百科』か何かの「殺人もの」だったと思う。
 彼はアカデミズムには属していなかったが、性的殺人の研究者といってよいだろうから、「切り裂きジャック」はまさに彼の得意分野といえるだろう。「リッパロロジスト」(切り裂き学者?)という彼の造語もむべなるかな、である。

 そしてこの本も彼の面目躍如たるものがある。
 「リッパロロジスト」の同志である共著者(ロビン・オーデル)がジャックによる5件の事件の概略と、これまでに現われた事件に関する論議、主として真犯人の推理を整理した後に、コリン・ウィルソンによる自説が展開されている。
 事件の概略、これまでの諸説については仁賀克雄氏の本と重複するところが多い。「リッパロロジスト」の通説的見解なのだろう。

 コリン・ウィルソンの自説は、読者を陪審員に見立て、証拠に基づく説示の形で示されるのだが、実際には彼の考える「犯人像」の提示にとどまっていて、これまで俎上に上ってきた特定の容疑者の誰かに対する有罪か無罪かの評決を求めるものではない。

 彼の真骨頂は、誰が真犯人かの推理ではなく、あのような凄惨な事件を起こした犯人の心理分析にある。
 彼は、あの事件を起こした犯人の主たる動機は性的サディズム(倒錯的性衝動)にあるとする。(これまでよく言われてきた)梅毒をうつした売春婦への復讐、宗教的信念に基づく売春婦への制裁などといった動機は(あったとしても)二次的なものにとどまるという。
 そして、この事件の犯人が性交それ自体を行っていないことから、犯行の原因を「切り裂き狂気」にあると断定する(391頁)。

 コリン・ウィルソンは、「切り裂きジャック」の人物像として、「性的暴力は欲求不満から生じている。・・・性的変質者の大部分は抑圧された内気な男で」あると分析する(391~2頁)。犯人は「世間でいういわゆる『つまらない男』であり、精神的に未成熟で自己憐憫が強く破壊的衝動に動かされやす」い人物である(404頁)。
 このような分析に基づいて、これまで真犯人として名前の挙がった十数人について、この人物像から外れる人物を除外していく。
 とくに、当時の警察の捜査幹部がメモワールに残した3人の有力容疑者、M・J・ドルイット(オックスフォード出身だが、仕事に恵まれなかった法廷弁護士)、ポーランド系ユダヤ人のコズミンスキー、ロシア人医師オストログに検討を加える。
 これまで最有力とされているドルイット(最後の事件から1か月後にテムズ河で自殺している)については、かなりの字数を割いて否定的な見解を述べているが、ぼくにはあまり説得的には思えなかった(とくに403頁冒頭の推論など)。

 いずれにせよ、このような犯人は、捕まるか、死ぬか、逃げることができない状態で病院等に監禁される以外は、犯行を繰り返すだろうから、「切り裂きジャック」事件の犯人は、5件目の事件以降なりを潜め、捕まらなかった以上は、死んだか、監禁されたのだろうと推測する。

 この本の原書は1987年に刊行されたが、その後も「切り裂きジャック」ものはいくつか出版されているようである。この文庫本には、シャリー・ハリソン構成『切り裂きジャックの日記』(同朋舎)とB・ベイリー『切り裂きジャックの真相』(原書房)の広告の切り抜きが挟んであった。後者には、コリン・ウィルソン推薦という宣伝文句があり、FBIのプロファイリングの手法で犯人を解明とある。両書とも買わなかったので、手元にない。
 前にも書いたが、2014年9月8日の毎日新聞夕刊には、コズミンスキー犯人説が紹介されている。
 ラッセル・エドワードという14年に渡ってこの事件を調査してきた「リッパロロジスト」が、入手した被害者のショールに付着していた犯人の体液をDNA鑑定した結果、コズミンスキー(記事ではコスミンスキと表記してある)の子孫のものと一致したので、真犯人は彼だと主張しているという。
 100年以上前の体液痕からDNAを抽出することは可能かも知れないが、それが真犯人のものであることの証明は不可能だろうし、犯人と疑われている人物の子孫のDNAはいったいどうやって採取したのかも疑問である。
 おそらくエドワード本の出版後も、議論は収束していないのではないかと思われる。


 2020年9月9日 記

 ※ もう「切り裂きジャック」は打ち止めにしようと思っていたのだが、本棚からB・ローンズの『下宿人』(ハヤカワ・ミステリ)を見つけてしまった。


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