きょうはバレンタイン・デー。小3の孫娘がぼくに向かって「ハッピー・バレンタイン!」などと声をかけて登校していった。
今年はバレンタイン・チョコレートがふたりの女性から届いた。
1人からはモロゾフ(Morozoff)の “Fancy Chocolate” とグリュースゴット(彼女の住むご当地高松の有名な菓子店らしい)のショコラ―デ缶、もう1人からは小樽洋菓子舗ルタオなる店のチョコの3種詰め合わせである(上と下の写真)。
ぼくの若いころにはバレンタイン・デーにチョコレートを贈って女性側から愛を告白するなどという風習は(少なくともぼくの周囲には)なかった。一体だれがいつ頃からはやらせたのだろう?「ゴールデン・ウィーク」という言葉は五月の連休に映画館に足を運んでもらうために映画会社が作った造語(キャッチ・コピー)だと何かで読んだが、バレンタイン・デーも定めしチョコレート会社が考えたのだろう。
※ 日曜日のテレビ番組「シューイチ」(だったか?)で、バレンタイン・デーは昭和10年に洋菓子会社のモロゾフが始めたと紹介していた。なるほど、納得。今回ぼくがもらったモロゾフのチョコ箱には「モロゾフは1931年に神戸のトアロードで創業した」とあるから、モロゾフの創業間もなくからバレンタイン・チョコは始まっていたのだ。昭和10年(1935年)の発祥なら、ぼくが青春時代を過ごした1960~70年代にはすでにあったはずだがまったく記憶がない。その頃のぼくがバレンタイン・チョコに縁がなかっただけだったのかもしれない。
バレンタイン・チョコには「本命チョコ」と「義理チョコ」があるという。ぼくが現役の教師時代にゼミ生からもらった手作りのチョコなどは間違いなく「義理チョコ」だろう。2月14日のバレンタイン・デーは学年度末の成績発表(4年生にとっては卒業判定)の時期だから「義理」というより「賄賂」性の強い贈り物かもしれない。最高裁判例によれば、贈答も「社交儀礼の範囲内」であれば「賄賂」性はないとされている(和歌山大学附属中学校事件)。もちろんチョコレートで成績判定や卒業判定の結果を左右したことなどなかったし、せっかく作ってくれたものだから有難く頂戴した。
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さて今年もらった2人からのバレンタイン・チョコはどう解釈すればよいのだろうか。高校生や中学生だったら、「義理」か「本命」かで悩むかもしれないが、いまさら「本命」を貰ったところで如何ともしがたい。
贈ってくれたひとりはぼくと同じ年代。相続などをめぐって法律問題の相談相手になったりしたので、そのお礼の意味だろうと考えるのが普通だろうが、せっかく陽ざしが春めいてきたこの時期に、わざわざ他でもないチョコレートを贈ってくれたのだから、そこには何がしか社交儀礼以上の意味が込められているのだと思うことにした。もう一人はもう少し若いけれど妙齢の既婚女性である。彼女とは40年以上むかし松田聖子主演の「野菊の墓」を吉祥寺の映画館に見に行ったことがあった。三つ子の魂百まで、思春期青年期の魂も百まで、である。
今朝がた(夜中?)の午前 3時近くNHKラジオ深夜便で、カーペンターズの「イエスタデー・ワンス・モア」がかかっていた。
2025年2月14日 記