上野の東京国立博物館の表慶館(写真)で、”フランスが夢見た日本/陶器に写した北斎、広重”展が始まったというので観てきました。北斎、広重等の浮世絵が、当時のフランス画壇の印象派や工芸家に大きな影響を与え、のちに、その時代の芸術思潮が”ジャポニズム”と呼ばれるようになります。この”ジャポニズム”が、一般の家庭の食卓にまで及んでいたことを、今回の展覧会で知り、おどろきました。
展示品の多くは19世紀美術の総本山、オルセー美術館が蒐集していたもので、はんぱな数ではありません、見応えがあります。一つひとつのお皿の絵柄が、これは北斎漫画の、この鳥、魚、植物であるとか、広重の風景画のこの部分であるとか、等をていねいに説明してくれています。
これだけ大量の絵皿の絵柄の特定をされた方は大変なご苦労だったと思います、でも、とても楽しい作業でもあったでしょう。なにせ、わが北斎や広重がそっくりまねされているのを見つけるのですから、誇らしい気持ちでしたでしょう。
東博所蔵の北斎漫画等も同時に展示されていました。いつみても思いますが、北斎のデッサン力はすごいですね。この基礎力があるから、富嶽三十六景等の名作が生まれるのでしょう。
以下、絵はがきでミニ展覧会を開きますので、雰囲気だけでもどうぞ。
鯉に朝顔
雪中図と鴨の親子
大根と鼠 大根足の子年のあなた、赤面ですね。
仲良しな酉年夫婦(汗)
こんな楽しい絵皿がいっぱいの食卓も展示されていました。あら、これは私の干支だわ、かわいいわね(フランスには干支はないかな)とか、絵皿のモチーフを話題にしながらの、当時のフランスの家庭の楽しそうな食事風景が目に浮かぶようでした。
。。。。。
あやうく海外に出されそうになった、話題の大日如来坐像が本館に展示されていましたので、観てきました。真如苑がオークションで買い戻し、出されずにすみました。小柄な、おたたかみのある、すてきな仏像さんでした。
。。。。。
現代の北斎(笑)。上野の森美術館で開催されている”井上雄彦 最後のマンガ展”を観ようと美術館近くまでくると、なななんと、ぐるっと長蛇の列。”最後尾です”の係の人に聞くと、これは入場券を買う列です、40分はかかります。どうしようかなと、思案していると、まだ、3時なのに、入場券は終了しました、のアナウンス。墨絵がすごいらしいので、是非観たかったのですが。これは朝一番で行かないとだめですね。
。。。
一年の半分を過ぎた、前日が”夏越の大祓(なごしのおおはらえ)”。五条天神社で茅の輪がありましたので、くぐってきました。昔の人は一茶の句を唱えながらくぐったといいますので、ボクも元気な母親の顔を思い浮かべながら、ひとつよけいにくぐりました。
母の分も ひとつくぐる 茅の輪かな (一茶)
展示品の多くは19世紀美術の総本山、オルセー美術館が蒐集していたもので、はんぱな数ではありません、見応えがあります。一つひとつのお皿の絵柄が、これは北斎漫画の、この鳥、魚、植物であるとか、広重の風景画のこの部分であるとか、等をていねいに説明してくれています。
これだけ大量の絵皿の絵柄の特定をされた方は大変なご苦労だったと思います、でも、とても楽しい作業でもあったでしょう。なにせ、わが北斎や広重がそっくりまねされているのを見つけるのですから、誇らしい気持ちでしたでしょう。
東博所蔵の北斎漫画等も同時に展示されていました。いつみても思いますが、北斎のデッサン力はすごいですね。この基礎力があるから、富嶽三十六景等の名作が生まれるのでしょう。
以下、絵はがきでミニ展覧会を開きますので、雰囲気だけでもどうぞ。
鯉に朝顔
雪中図と鴨の親子
大根と鼠 大根足の子年のあなた、赤面ですね。
仲良しな酉年夫婦(汗)
こんな楽しい絵皿がいっぱいの食卓も展示されていました。あら、これは私の干支だわ、かわいいわね(フランスには干支はないかな)とか、絵皿のモチーフを話題にしながらの、当時のフランスの家庭の楽しそうな食事風景が目に浮かぶようでした。
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あやうく海外に出されそうになった、話題の大日如来坐像が本館に展示されていましたので、観てきました。真如苑がオークションで買い戻し、出されずにすみました。小柄な、おたたかみのある、すてきな仏像さんでした。
。。。。。
現代の北斎(笑)。上野の森美術館で開催されている”井上雄彦 最後のマンガ展”を観ようと美術館近くまでくると、なななんと、ぐるっと長蛇の列。”最後尾です”の係の人に聞くと、これは入場券を買う列です、40分はかかります。どうしようかなと、思案していると、まだ、3時なのに、入場券は終了しました、のアナウンス。墨絵がすごいらしいので、是非観たかったのですが。これは朝一番で行かないとだめですね。
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一年の半分を過ぎた、前日が”夏越の大祓(なごしのおおはらえ)”。五条天神社で茅の輪がありましたので、くぐってきました。昔の人は一茶の句を唱えながらくぐったといいますので、ボクも元気な母親の顔を思い浮かべながら、ひとつよけいにくぐりました。
母の分も ひとつくぐる 茅の輪かな (一茶)