ぼくの家のカレンダーはいくつかあるが、和室には必ず東山魁夷の日本画のを架けてある。今年の1,2月の絵は、”潮声”で海の波を描いたものだ。この日、山種美術館でも、似たような絵を観た。あとで説明する。次の3,4月をめくると、展覧会にも展示されていた、山種所蔵の”春静”だった。
(潮声)
(春静)
東山魁夷は”昭和の国民画家”といわれているが、日本人なら誰でも、好きになる画家のひとりだろう。ぼくも、もちろん大好きだ。歌手でいえば、美空ひばりみたいなものだろう。ひばりさんと違って(笑)、魁夷は、風貌も思考も、お坊さんのようであり、哲人のようであり、それもまた尊敬されるゆえんであろうか。
さて、展覧会のことであるが、山種所蔵の魁夷作品19点のほか、彼のゆかり画家たちの作品が並んでいる。ぼくの好きな、白馬が出てくる作品は一点もなかったが、それぞれ、それなりに楽しむことができた。京都のホテルオークラの屋上から観た、雪の町屋風景”年暮る”など、しみじみとした情感が感じられ、気に入った。はじめに載せた、ちらし絵である。
第二章に”皇居新宮殿の絵画にちなんだ作品”では、前述のカレンダーの絵のような、宮殿の壁画に似た大小の作品(”満ち来る潮”など)がいくつも、展示されていた。ぼくも海の波は好きで、いつまでもあきずにみていることがあるが、魁夷もかなり好きらしい。そういえば、鑑真和上像のある、唐招提寺御影堂の障壁画も潮の満ち引きだった。
この章に、杉山寧の”曜”という、つがいの鶴の飛ぶ絵があった。ぼくの家にも、いつか何かのお祝いに親から贈られた、秀山作の彫金画があるが、これも下のメスの鶴がくちばしを開けていて、上のはつむっている。家では、ワイフはわりとおしゃべりで、ぼくは無口な方なので、鶴もそうなんだろうと勝手に解釈しているのだ(汗)。
第3章に、杉山寧の”響”の女性の裸体像もとてもよかった。絵ハガキがなくてお示しできない。上村松篁の”閑鷺”も閑人のぼくの波長に合った(汗)。川本末雄の”秋躍”もよかった。湖に(海かな)浮かぶ、小島の木々が秋色に染まり、ほのぼのとした情感がただよっていた。ワイフと同じ、熊本生まれだというのも気に入った(笑)。これも絵ハガキがなかった。
(閑鷺)
まだまだ、書き足らないが、魁夷の”月出づ”でおわりにしたい。
今晩は東京のホテルにワイフと泊ることにしている。天気ももうひとつなので、美術館やデパートの美術展でもハイカイしようかと思っている。夕方はもちろん、大相撲見物である。