'09.11.27 『アンヴィル ~夢を諦めきれない男たち』@吉祥寺バウスシアター
これは見たかった。baruを誘って見に行く。上映館数が少なくレイト以外だと六本木か吉祥寺くらい。やっぱり音楽映画はバウスでしょうってことで、はるばる吉祥寺まで行ってきた。大好きなドイツパンのお店「Linde」で購入したトマトとチーズのサンドウィッチを食べながら鑑賞。ちなみに『色即ぜねれいしょん』と同じシアターだった。
*ネタバレしてます! ほめてます(笑)*
'80年代メタルブームの中、多くのバンドに影響を与え、リスペクトされながらも全く売れなかったカナダ出身バンド、アンヴィル。地元でバイトしながら細々とバンド活動を続けている。そんな彼らに密着したドキュメンタリー。これは良かった。イヤ、正直音楽バカオヤジを応援しよう的なちょっと上からな気持ちで見に行ったわけです。もっと正直に言ってしまえばそんなオッサンたちを笑ってしまおうという気持ちもあった。たしかに少年の心というには、あまりにチビッコ魂過ぎる彼らの姿に、大部分はそんなスタンスだっけれど、まさか彼らに勇気づけられてしまとは思わなかった(笑) そしてホロリと感動してしまった。
アンヴィルについてはこの映画を見るまで知らなかった。Rock大好きだけど、メタルは苦手・・・。曲もさることながらウェーブのかかった長髪と、あの独特のいでたちがちょっと・・・。ちなみに、この映画の主役ヴォーカルのスティーブ・"リップス"・クドローも、ドラムのロブ・ライナーも50歳を過ぎてもこの長髪。というわけで、メタル系のバンドはあまり詳しくない。さすがに、SLASH(GUNS N'ROSES)やラーズ・ウルリッヒ(METALLICA)くらいは知っていたけれど、インタビューに答えるメジャーメタルバンドの方々についてもよく分からなかったくらなので、もちろんアンヴィルについては知る由もなし。彼らの唯一の栄光シーンとして紹介されていたのが、'80年代に日本で開催されたメタル系バンドが集結した野外イベント。このイベントについては詳しく知らないけれど、確かにBON JOVIなど出演者は豪華。アンヴィルのライブもかなりの盛り上がり。ただし、やっぱりメタルは好きではないので、正直この映像を見てもグッとはこない。
この野外フェスと名盤と言われる'82年にリリースされたアルバム「メタル・オン・メタル」は同世代のバンド達にかなり影響を与えたようだけど、その下品ともいえるストレートな歌詞は地元カナダの大人たちには受け入れられなかったようで、彼らの歌詞が槍玉に挙げられるテレビ番組の映像なども紹介される。これがちょっとおかしい。FUCK'Nを繰り返しながら、ダラダラとおちゃらけた様子の彼らと、紹介されるあんまりな歌詞に顔をしかめる奥様方。その対比がすばらしくおもしろい。こんなことを言っては失礼ですが(笑) この感じは、彼らが後に出発したヨーロッパ・ツアーのプラハのロック・バーでマネージャーと彼らのやり取りにも通じるものがあっておかしい。中世のままのプラハ市街地は道が狭く複雑で、道に迷いやすい。以前、旅した時に迷った経験あり。ロック・バーでのライブ予定時間から2時間以上遅刻した彼らは、この映画のカメラが回っているため、ついついサービス精神が出てしまい、FUCK'Nを連発しつつおちゃらけた態度をとってしまう。そんな彼らに、苦虫を噛み潰したようなバーのマネージャーの表情が最高。しかし、この態度が裏目に出てしまい、ライブを行った彼らに対する報酬は夕食のみ。殴り合いの大喧嘩となってしまう。この番組からプラハ事件まで20年くらい経っているけれど、変わっていない感じが素晴らしい(笑)
そんな彼らにも長年のファンはいる。ファンの女性からヨーロッパ・ツアーに出ないかとの誘いがあり、5週間のツアーに出る。前述のプラハのロック・バー出演もそうだけれど、中にはヨーロッパ各地のフェスへの出演などもある。これはかなりの珍道中。なにしろマネージャーということにはなっているけれど、ただのファンの素人女性なわけだから、マネージメントはもとより、チケットの手配なども頑張ってはいるけれど、ちょっと甘いところもある。普通に考えて何万人単位の人が移動するフェス出演に際して、列車で移動することにしたのであれば、指定席を押さえるのは当たり前の気がするのだけど、もちろん手配していないので列車に乗れなかったりする。それでも彼らは彼女を責めたりしない。もちろん、その時にはどうするんだとキリキリしているけれど、カメラを向けると「彼女は良くやってくれている」とかばったりする。それは、リップサービスでも自分を良く見せようとしているわけでもないように見える。
結局、このヨーロッパ・ツアーでの報酬はゼロ。成果といえば、このツアーをきっかけにメンバーの1人がマネージャーの女性と結ばれたことくらい(笑) でも、リップスはツアーは失敗じゃないと言う。自分は好きなことをしているんだから、幸せだなのだとも言う。彼のインタビューは終始こんな感じで、いろいろ愚痴を言ったり、クソみたいな人生だなどと言いながら、最後には必ず「でも、自分の好きなことができているから不幸じゃない」と言う。一見すると負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、決してそういう風には見えない。そして、この言葉を素直にうらやましいなと思う。自分はそんなに好きなことが出来ているんだろうか。果たしてここまで情熱を傾けるものがあるのだろうか。そして、同時にこの考え方こそが、彼らを突き動かしているものなんだろうと思う。"好きだからやる"単純にそれだけ。50歳を過ぎているオッサンが自ら売り込んでフェスに出演し、ギャラももらえないというのは屈辱的だと思う。でも、バンドとして演奏が出来るならやろうと。バンドですと言っても、アルバムも出せず、ライブも出来ずではバンド活動ができているとはいえない。出演の場があるだけでもいいと割り切れるのは、それはスゴイことなんじゃないかと思う。なりふりかまわずって言うけれど、ここまで熱くなれるものがあるのなら、それはそれでうらやましい。
バンドとしてほとんど無名である彼らには、マネージャーもいなければ、レコーディングをしてくれる敏腕プロデューサーもいない。リップスによれば彼らの中で最高の音を作ってくれたのはクリス・タンガリーディズだった。彼にデモテープを送り、ドキドキしながら待つリップスはまるで少年のよう。結果はとっても良いので是非会いたいとのこと。急遽、イギリスへ飛ぶリップスたち。ただ、レコードの製作には200万かかるという。レコーディング費用として200万というのがどの程度の規模であるのかサッパリ分からないのだけど、イギリスの田舎で暮らすクリスの自宅を改造したようなこじんまりとしたレコーディング設備や、今では当時の面影もないくらいハゲのメタボオヤジと化したクリスの姿を見ると、これはだまされているのではと不安になったりする。こんなダメ人生を生きている彼らが、さらにどん底に落ちる姿は見たくない! なんて思っていたら、このクリスかなり真剣に彼らに向き合ってくれるのだった。ということは彼らの音はそれだけ力があったということ。しつこいようだけど、好みではないのですが(笑)
50歳を過ぎたオッサンたちではあるけれど、200万などというお金はもちろんない。アンヴィルのメンバーは全部で4人、オリジナルメンバーはリップスとロブのみ。4人で200万なら1人50万。でも、ないのです・・・(涙) まぁたしかに、50万はそんなに簡単に出せるお金ではないけど。しかたなく、リップスは長年のファンの男性が経営する会社でバイトをする。電話で商品を売りつけるという怪しいバイト。リップスは割り切ってやろうとするけど、上手く行かない。思いもかけず自分は真面目な男であることを悟ってビックリするリップス。どんなに下品な言葉を連発しようが、ふざけたいでたちで演奏しようが、いい加減に見える態度を取ろうが、自分の信念に従いやりたいことに突き進む彼らはやっぱり真面目なのでしょう。このエピソードは意味がなさそうで、実はリップスの人となりを表すのに役立っている。やっぱりダメじゃないとは言い切れない彼らの人生を見ながらも、リップスをかわいらしく感じているのは、基本真面目な人だからなんだと思う。
結局、200万はリップスの姉が都合してくれる。リップスとロブそれぞれの家族の対比がいい。2人はともにユダヤ人家庭に育った。ロブの父はアウシュビッツの生き残り。ロブの姉は弟がいつまでも夢を諦めないでいることをよく思っていない。もちろん、それは彼を思うがゆえだけれども、もう一つには隣でインタビューに答えるロブの妻を気遣ってという部分もあるんだと思う。ロブの妻は彼の夢を応援したいけど、限界を感じてもいる様子。でも、やっぱり自分は彼と同じ夢を見ているんだと思うと語る。リップスの家はエリート一家。リップスの兄弟はやんちゃな彼を心配しながらも、彼の生き方を認めている。もちろん、認めるまでは葛藤があったようだけど。姉がお金を出してくれたのは、彼が彼の夢や人生を応援しているから。それは、メジャーになるということではなくて、彼が納得いく人生を送って欲しいということ。そして、彼の妻もその気持ちは同じ。自分はミュージシャンのリップスと結婚したのではなく、彼自身を愛していると語る彼女にホロリ(涙) 家族の絆というとちょっとクサイけれど、誰かを思いやる気持ちってやっぱり人を感動させる。
姉の融資を元にレコーディングに臨む彼らの姿がおかしい。意気揚々とイギリスに乗り込み、少年のようにハシャギながらレコーディングを始めるけれど、作業が進むにつれて行き詰ってくる。特に曲作りやバンドの中心であるリップスの負担は大きく、そのストレスのはけ口として幼馴染のロブに当り散らすことになる。2人は中学生の頃からの親友。ロブの部屋に入り浸って、セッションしていたころから、2人はずっと一緒にバンドを続けてきた。これはもう家族のような存在。人が本当に本音を言えるのは家族だけなんじゃないかと思う。正直に言えば家族にだって言えないことは多い。そして、家族にさえ"自分"を演じなければならないことが、ストレスとなって薬や犯罪に走ってしまう若者が増えているのだと思う。「中途半端なヴォーカルで満足しているなんてよく言えるな! 俺はお前にそんなこと言わない」とか、「いつもいつも八つ当たりされてうんざりなんだよ」とか言い合う2人に対し、「それぞれが大げさに捉え過ぎてしまって、お互い誤解してしまっている」と仲裁に入るクリス。クリスが真面目に諭せば諭すほど、2人のケンカが子供っぽくて笑ってしまう。少年の心というよりこれは少年のケンカだから(笑) と思うけれど、よく考えると、家族でもない他人にここまで真剣に向き合って、自分の気持ちをストレートに言えるなんてうらやましいと思う。大人になればなるほど腹の探り合いで、KYなんて言葉が流行るくらい、人の顔色を伺いながら生きていかなきゃならない現状を思えば、本来そんなことは苦手な自分としては、丸ごとの感情をぶつけて、まるごと受け止めてくれる相手がいることはうらやましい。もちろん、丸ごと感情をぶつけ合えば、ケンカにはなるけれど、まともにケンカもできない間柄の"ともだち"の数が多いよりは、本音をぶつけ合える"親友"のいる彼らがうらやましい。
それもきっと彼らが"夢"に向かって生きているから。ドキュメンタリーの中では彼らの夢は"売れること"となっているけれど、30年も売れることを夢見て生きているのは、すでに夢の中にいるんじゃないだろうか。うまく言えないけど。そして売れたからといって彼らの夢は果たされたことになるんだろうか。もちろん区切りにはなると思うけれど、売れようが売れまいが、彼らの(音楽)人生は続くわけだし。なんて事を考えているうちにアルバム「This Is Thirteen」は完成する。やっぱり曲は好きになれないけれど、彼らの言うとおり音は抜群に良くなっている。なにより音がクリア。あえてノイズを残したりするってことがあるけど、以前の作品はそういう問題じゃないくらい音が悪かった。1つ1つが鮮明だし、ギターの音とかがハッキリ聞こえる。そして音に厚みがある。やっぱりプロデューサーの腕って大切なんだなと思う。このアルバムを持ってレコード会社やラジオ局を回る彼ら。でも、彼らの音は時代に合わないと言われてしまう。よく分からないけど、メタルはやっぱり世界的にも下火なんですかね・・・。
そんな彼らのアルバムを聴いて日本のプロモーターからフェス出演の依頼が来る。幕張メッセで毎年行われているLOUD PARK。メタルの祭典であるこのフェスはかなり有名。もちろんメタルファンではないので行ったことないけれど、ここに出演できるのはスゴイことだと思う。まぁ、残念ながら昼間の出演ではありますが。ヨーロッパ・ツアー中の北欧のフェスでは1万人入る会場で、彼らのステージの観客は146人だった。観客が5人だったこともある。出演前、リップスは「こんな遠くまで来て、観客が5人だったらどうしよう」と不安をもらす。結果は、熱狂的な観客に迎えられる。大盛況。ヨーロッパ・ツアーでも、いろんなミュージシャンに自分から声を掛けるけど、声を掛けてくれるファンはなぜか日本人だけ。日本はメタル大国なんでしょうか? まぁ、いいけど(笑) この大盛況のライブ映像で映画は終わる。リップスの前フリからのこの映像はあまりに王道で、ちょっとあざといかななんて思うけど、彼らの音楽活動のほんの一部だけれど垣間見た後では、素直に「よかったねぇ~」と言いたくなってしまう。
とにかく、ダメ人生ではないとは言い切れないけれど、コレしかないと思えるものがある人生と言うのはうらやましい。定職についていないとダメ人生だと思いがちだけれど、本人がそれで幸せなのなら人がとやかくいう問題ではないし、決してダメ人生ではない。リップスの語る「誰もが年を取る。それが現実だ。腹は出て顔の肉は垂れ、髪は抜け時間はなくなる・・・ だから今やる。今から20年後、30年後、40年後には人生は終わるんだ。やるしかない。」の言葉に感動。そうなんだよね。長髪だけど後頭部の薄くなったリップスだからこそ説得力がある。成功した人の言葉だけが人に感銘を与えるわけじゃない。だってこれは彼の"実感"だから。少なくとも60年後、確実に自分はこの世にいないだろう。だったら今、やりたいことをやらなきゃ損。別にそれは、今からなれもしないミュージシャンを目指すってことじゃない。人の道に反していなければ、自分の思うとおりに生きていいんだと思う。家族や周りの人に多少迷惑をかけていたとしても、それでも側にいてくれているのだとしたら、それは自分の生き方を認めてくれているからなんだと思う。もちろん迷惑をかけていいというわけではないけれど。
というわけで、メタル馬鹿オヤジにすっかり感動させられてしまった。そして、意外にも教訓を得て、勇気づけられてしまった。音楽に全く興味がないと見ていて辛い部分はあると思うけれど、その生き様に勇気づけられること間違いなし。彼らの生き方そのものが「やるしかない」だから。オススメ!
とはいえ、すっかり書くのが遅くなってしまったので、もう上映終了してしまったかも
『アンヴィル ~夢を諦めきれない男たち~』Official site
これは見たかった。baruを誘って見に行く。上映館数が少なくレイト以外だと六本木か吉祥寺くらい。やっぱり音楽映画はバウスでしょうってことで、はるばる吉祥寺まで行ってきた。大好きなドイツパンのお店「Linde」で購入したトマトとチーズのサンドウィッチを食べながら鑑賞。ちなみに『色即ぜねれいしょん』と同じシアターだった。
*ネタバレしてます! ほめてます(笑)*
'80年代メタルブームの中、多くのバンドに影響を与え、リスペクトされながらも全く売れなかったカナダ出身バンド、アンヴィル。地元でバイトしながら細々とバンド活動を続けている。そんな彼らに密着したドキュメンタリー。これは良かった。イヤ、正直音楽バカオヤジを応援しよう的なちょっと上からな気持ちで見に行ったわけです。もっと正直に言ってしまえばそんなオッサンたちを笑ってしまおうという気持ちもあった。たしかに少年の心というには、あまりにチビッコ魂過ぎる彼らの姿に、大部分はそんなスタンスだっけれど、まさか彼らに勇気づけられてしまとは思わなかった(笑) そしてホロリと感動してしまった。
アンヴィルについてはこの映画を見るまで知らなかった。Rock大好きだけど、メタルは苦手・・・。曲もさることながらウェーブのかかった長髪と、あの独特のいでたちがちょっと・・・。ちなみに、この映画の主役ヴォーカルのスティーブ・"リップス"・クドローも、ドラムのロブ・ライナーも50歳を過ぎてもこの長髪。というわけで、メタル系のバンドはあまり詳しくない。さすがに、SLASH(GUNS N'ROSES)やラーズ・ウルリッヒ(METALLICA)くらいは知っていたけれど、インタビューに答えるメジャーメタルバンドの方々についてもよく分からなかったくらなので、もちろんアンヴィルについては知る由もなし。彼らの唯一の栄光シーンとして紹介されていたのが、'80年代に日本で開催されたメタル系バンドが集結した野外イベント。このイベントについては詳しく知らないけれど、確かにBON JOVIなど出演者は豪華。アンヴィルのライブもかなりの盛り上がり。ただし、やっぱりメタルは好きではないので、正直この映像を見てもグッとはこない。
この野外フェスと名盤と言われる'82年にリリースされたアルバム「メタル・オン・メタル」は同世代のバンド達にかなり影響を与えたようだけど、その下品ともいえるストレートな歌詞は地元カナダの大人たちには受け入れられなかったようで、彼らの歌詞が槍玉に挙げられるテレビ番組の映像なども紹介される。これがちょっとおかしい。FUCK'Nを繰り返しながら、ダラダラとおちゃらけた様子の彼らと、紹介されるあんまりな歌詞に顔をしかめる奥様方。その対比がすばらしくおもしろい。こんなことを言っては失礼ですが(笑) この感じは、彼らが後に出発したヨーロッパ・ツアーのプラハのロック・バーでマネージャーと彼らのやり取りにも通じるものがあっておかしい。中世のままのプラハ市街地は道が狭く複雑で、道に迷いやすい。以前、旅した時に迷った経験あり。ロック・バーでのライブ予定時間から2時間以上遅刻した彼らは、この映画のカメラが回っているため、ついついサービス精神が出てしまい、FUCK'Nを連発しつつおちゃらけた態度をとってしまう。そんな彼らに、苦虫を噛み潰したようなバーのマネージャーの表情が最高。しかし、この態度が裏目に出てしまい、ライブを行った彼らに対する報酬は夕食のみ。殴り合いの大喧嘩となってしまう。この番組からプラハ事件まで20年くらい経っているけれど、変わっていない感じが素晴らしい(笑)
そんな彼らにも長年のファンはいる。ファンの女性からヨーロッパ・ツアーに出ないかとの誘いがあり、5週間のツアーに出る。前述のプラハのロック・バー出演もそうだけれど、中にはヨーロッパ各地のフェスへの出演などもある。これはかなりの珍道中。なにしろマネージャーということにはなっているけれど、ただのファンの素人女性なわけだから、マネージメントはもとより、チケットの手配なども頑張ってはいるけれど、ちょっと甘いところもある。普通に考えて何万人単位の人が移動するフェス出演に際して、列車で移動することにしたのであれば、指定席を押さえるのは当たり前の気がするのだけど、もちろん手配していないので列車に乗れなかったりする。それでも彼らは彼女を責めたりしない。もちろん、その時にはどうするんだとキリキリしているけれど、カメラを向けると「彼女は良くやってくれている」とかばったりする。それは、リップサービスでも自分を良く見せようとしているわけでもないように見える。
結局、このヨーロッパ・ツアーでの報酬はゼロ。成果といえば、このツアーをきっかけにメンバーの1人がマネージャーの女性と結ばれたことくらい(笑) でも、リップスはツアーは失敗じゃないと言う。自分は好きなことをしているんだから、幸せだなのだとも言う。彼のインタビューは終始こんな感じで、いろいろ愚痴を言ったり、クソみたいな人生だなどと言いながら、最後には必ず「でも、自分の好きなことができているから不幸じゃない」と言う。一見すると負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、決してそういう風には見えない。そして、この言葉を素直にうらやましいなと思う。自分はそんなに好きなことが出来ているんだろうか。果たしてここまで情熱を傾けるものがあるのだろうか。そして、同時にこの考え方こそが、彼らを突き動かしているものなんだろうと思う。"好きだからやる"単純にそれだけ。50歳を過ぎているオッサンが自ら売り込んでフェスに出演し、ギャラももらえないというのは屈辱的だと思う。でも、バンドとして演奏が出来るならやろうと。バンドですと言っても、アルバムも出せず、ライブも出来ずではバンド活動ができているとはいえない。出演の場があるだけでもいいと割り切れるのは、それはスゴイことなんじゃないかと思う。なりふりかまわずって言うけれど、ここまで熱くなれるものがあるのなら、それはそれでうらやましい。
バンドとしてほとんど無名である彼らには、マネージャーもいなければ、レコーディングをしてくれる敏腕プロデューサーもいない。リップスによれば彼らの中で最高の音を作ってくれたのはクリス・タンガリーディズだった。彼にデモテープを送り、ドキドキしながら待つリップスはまるで少年のよう。結果はとっても良いので是非会いたいとのこと。急遽、イギリスへ飛ぶリップスたち。ただ、レコードの製作には200万かかるという。レコーディング費用として200万というのがどの程度の規模であるのかサッパリ分からないのだけど、イギリスの田舎で暮らすクリスの自宅を改造したようなこじんまりとしたレコーディング設備や、今では当時の面影もないくらいハゲのメタボオヤジと化したクリスの姿を見ると、これはだまされているのではと不安になったりする。こんなダメ人生を生きている彼らが、さらにどん底に落ちる姿は見たくない! なんて思っていたら、このクリスかなり真剣に彼らに向き合ってくれるのだった。ということは彼らの音はそれだけ力があったということ。しつこいようだけど、好みではないのですが(笑)
50歳を過ぎたオッサンたちではあるけれど、200万などというお金はもちろんない。アンヴィルのメンバーは全部で4人、オリジナルメンバーはリップスとロブのみ。4人で200万なら1人50万。でも、ないのです・・・(涙) まぁたしかに、50万はそんなに簡単に出せるお金ではないけど。しかたなく、リップスは長年のファンの男性が経営する会社でバイトをする。電話で商品を売りつけるという怪しいバイト。リップスは割り切ってやろうとするけど、上手く行かない。思いもかけず自分は真面目な男であることを悟ってビックリするリップス。どんなに下品な言葉を連発しようが、ふざけたいでたちで演奏しようが、いい加減に見える態度を取ろうが、自分の信念に従いやりたいことに突き進む彼らはやっぱり真面目なのでしょう。このエピソードは意味がなさそうで、実はリップスの人となりを表すのに役立っている。やっぱりダメじゃないとは言い切れない彼らの人生を見ながらも、リップスをかわいらしく感じているのは、基本真面目な人だからなんだと思う。
結局、200万はリップスの姉が都合してくれる。リップスとロブそれぞれの家族の対比がいい。2人はともにユダヤ人家庭に育った。ロブの父はアウシュビッツの生き残り。ロブの姉は弟がいつまでも夢を諦めないでいることをよく思っていない。もちろん、それは彼を思うがゆえだけれども、もう一つには隣でインタビューに答えるロブの妻を気遣ってという部分もあるんだと思う。ロブの妻は彼の夢を応援したいけど、限界を感じてもいる様子。でも、やっぱり自分は彼と同じ夢を見ているんだと思うと語る。リップスの家はエリート一家。リップスの兄弟はやんちゃな彼を心配しながらも、彼の生き方を認めている。もちろん、認めるまでは葛藤があったようだけど。姉がお金を出してくれたのは、彼が彼の夢や人生を応援しているから。それは、メジャーになるということではなくて、彼が納得いく人生を送って欲しいということ。そして、彼の妻もその気持ちは同じ。自分はミュージシャンのリップスと結婚したのではなく、彼自身を愛していると語る彼女にホロリ(涙) 家族の絆というとちょっとクサイけれど、誰かを思いやる気持ちってやっぱり人を感動させる。
姉の融資を元にレコーディングに臨む彼らの姿がおかしい。意気揚々とイギリスに乗り込み、少年のようにハシャギながらレコーディングを始めるけれど、作業が進むにつれて行き詰ってくる。特に曲作りやバンドの中心であるリップスの負担は大きく、そのストレスのはけ口として幼馴染のロブに当り散らすことになる。2人は中学生の頃からの親友。ロブの部屋に入り浸って、セッションしていたころから、2人はずっと一緒にバンドを続けてきた。これはもう家族のような存在。人が本当に本音を言えるのは家族だけなんじゃないかと思う。正直に言えば家族にだって言えないことは多い。そして、家族にさえ"自分"を演じなければならないことが、ストレスとなって薬や犯罪に走ってしまう若者が増えているのだと思う。「中途半端なヴォーカルで満足しているなんてよく言えるな! 俺はお前にそんなこと言わない」とか、「いつもいつも八つ当たりされてうんざりなんだよ」とか言い合う2人に対し、「それぞれが大げさに捉え過ぎてしまって、お互い誤解してしまっている」と仲裁に入るクリス。クリスが真面目に諭せば諭すほど、2人のケンカが子供っぽくて笑ってしまう。少年の心というよりこれは少年のケンカだから(笑) と思うけれど、よく考えると、家族でもない他人にここまで真剣に向き合って、自分の気持ちをストレートに言えるなんてうらやましいと思う。大人になればなるほど腹の探り合いで、KYなんて言葉が流行るくらい、人の顔色を伺いながら生きていかなきゃならない現状を思えば、本来そんなことは苦手な自分としては、丸ごとの感情をぶつけて、まるごと受け止めてくれる相手がいることはうらやましい。もちろん、丸ごと感情をぶつけ合えば、ケンカにはなるけれど、まともにケンカもできない間柄の"ともだち"の数が多いよりは、本音をぶつけ合える"親友"のいる彼らがうらやましい。
それもきっと彼らが"夢"に向かって生きているから。ドキュメンタリーの中では彼らの夢は"売れること"となっているけれど、30年も売れることを夢見て生きているのは、すでに夢の中にいるんじゃないだろうか。うまく言えないけど。そして売れたからといって彼らの夢は果たされたことになるんだろうか。もちろん区切りにはなると思うけれど、売れようが売れまいが、彼らの(音楽)人生は続くわけだし。なんて事を考えているうちにアルバム「This Is Thirteen」は完成する。やっぱり曲は好きになれないけれど、彼らの言うとおり音は抜群に良くなっている。なにより音がクリア。あえてノイズを残したりするってことがあるけど、以前の作品はそういう問題じゃないくらい音が悪かった。1つ1つが鮮明だし、ギターの音とかがハッキリ聞こえる。そして音に厚みがある。やっぱりプロデューサーの腕って大切なんだなと思う。このアルバムを持ってレコード会社やラジオ局を回る彼ら。でも、彼らの音は時代に合わないと言われてしまう。よく分からないけど、メタルはやっぱり世界的にも下火なんですかね・・・。
そんな彼らのアルバムを聴いて日本のプロモーターからフェス出演の依頼が来る。幕張メッセで毎年行われているLOUD PARK。メタルの祭典であるこのフェスはかなり有名。もちろんメタルファンではないので行ったことないけれど、ここに出演できるのはスゴイことだと思う。まぁ、残念ながら昼間の出演ではありますが。ヨーロッパ・ツアー中の北欧のフェスでは1万人入る会場で、彼らのステージの観客は146人だった。観客が5人だったこともある。出演前、リップスは「こんな遠くまで来て、観客が5人だったらどうしよう」と不安をもらす。結果は、熱狂的な観客に迎えられる。大盛況。ヨーロッパ・ツアーでも、いろんなミュージシャンに自分から声を掛けるけど、声を掛けてくれるファンはなぜか日本人だけ。日本はメタル大国なんでしょうか? まぁ、いいけど(笑) この大盛況のライブ映像で映画は終わる。リップスの前フリからのこの映像はあまりに王道で、ちょっとあざといかななんて思うけど、彼らの音楽活動のほんの一部だけれど垣間見た後では、素直に「よかったねぇ~」と言いたくなってしまう。
とにかく、ダメ人生ではないとは言い切れないけれど、コレしかないと思えるものがある人生と言うのはうらやましい。定職についていないとダメ人生だと思いがちだけれど、本人がそれで幸せなのなら人がとやかくいう問題ではないし、決してダメ人生ではない。リップスの語る「誰もが年を取る。それが現実だ。腹は出て顔の肉は垂れ、髪は抜け時間はなくなる・・・ だから今やる。今から20年後、30年後、40年後には人生は終わるんだ。やるしかない。」の言葉に感動。そうなんだよね。長髪だけど後頭部の薄くなったリップスだからこそ説得力がある。成功した人の言葉だけが人に感銘を与えるわけじゃない。だってこれは彼の"実感"だから。少なくとも60年後、確実に自分はこの世にいないだろう。だったら今、やりたいことをやらなきゃ損。別にそれは、今からなれもしないミュージシャンを目指すってことじゃない。人の道に反していなければ、自分の思うとおりに生きていいんだと思う。家族や周りの人に多少迷惑をかけていたとしても、それでも側にいてくれているのだとしたら、それは自分の生き方を認めてくれているからなんだと思う。もちろん迷惑をかけていいというわけではないけれど。
というわけで、メタル馬鹿オヤジにすっかり感動させられてしまった。そして、意外にも教訓を得て、勇気づけられてしまった。音楽に全く興味がないと見ていて辛い部分はあると思うけれど、その生き様に勇気づけられること間違いなし。彼らの生き方そのものが「やるしかない」だから。オススメ!
とはいえ、すっかり書くのが遅くなってしまったので、もう上映終了してしまったかも
『アンヴィル ~夢を諦めきれない男たち~』Official site