KAWADE夢ムック・文藝別冊『生誕120年記念総特集 宇野千代』に掲載されていた、宇野千代さんの『私の文章作法』の一部を引用させていただきたいと思います。
・「『小説は誰でもかける』。この題を見たとき、そんなことがあるものかと、私の言うことを信じない人があるかも知れない。そう言う人は頭から、小説を書くことは難しいものだと思っている。或いは、特別な才能を持った人だけが書く、特別な仕事だと思い込んでいる。私は今年八十一歳で、もう六十何年も前から小説を書いている。小説を書くことでは玄人(くろうと)であるこの私が、小説は誰にでも書ける、と言うのだから、まず、このことを信じて貰いたい。頭から、信じて貰いたい。」
・「ものを書こうとするときには、誰でも机の前に坐る。書こうと思うときだけに坐るのではなく、書こうとは思ってもいないときにでも坐る。この机の前に坐ると言うことが、小説を書くことの基本です。毎日、または一日の中(うち)に幾度でも、ちょっとでも暇のあるときに坐る。或るときは坐ったけれど、あとは忙しかったから、二、三日、間をおいてから坐ると言うのではなく、毎日坐るのです。」
・「何を書くかは、あなたが決定します。しかし、間違っても、巧(うま)いことを書いてやろう、とか、人の度肝を抜くようなことを書いてやろう、とか、これまでに、誰も書かなかった、新しいことを書いてやろう、とか、決して思ってはなりません。日本語で許された最小限度の単純な言葉をもって、いま、机の前に坐っている瞬間に、あなたの眼に見えたこと、あなたの耳に聞こえたこと、あなたの心に浮かんだことを書くのです。『雨が降っていた』『私は腹を立てていた』『また、隣の娘が泣いている』と言う風に、一字一句正確に、出来るだけ単純に書くのです。あやふやな書き方をして、それで効果を出そうなぞと、そんなことは、決して考えてはなりません。素直に、単純に、そのままを書くと言うことが、第一段階の練習であり、やがて、大きなものの書ける基本である。」
・「私たちは、いや、あなたはいまは青くさい田舎者にしか過ぎない。併(しか)し、おめず臆せず、毎日坐って下さい。そして、偉大な小説ではなく、たった五枚か十枚の短編小説を書いて下さい。坐ったら、すぐ、気持ちを集中して、『雨が降っていた』と書き出して下さい。一番最初は、昨日何をしたか、と言うことではなく、正直に、飾り気なく書いて下さい。そして、読み返して、それが気持ちよく読まれるものであったら、それで充分です。しかし、どこか気持ちの悪い箇所があったら、幾度でも考え直して下さい。」
・「どんなことを書くときでも、丁寧に書いて下さい。速く書く必要はありません。むしろ、速く書けることを警戒して下さい。速く書けるときは、ちょっと筆をおいて休んで下さい。速く書くと筆が辷(すべ)ります。却(かえ)って、よい考えを逃します。丁寧に、間違えたことはないか、よく考えて書いて下さい。」
・「それからもう一つ、何を読んだら好いか、と言うことですが、これにはいろいろ意見がある。多読が好いと言う意見もあるが、私は自分の書くものにそのまま肥料になるような読み物をほんの少し決めて、それを百回でも繰り返して読むことをすすめる。ご参考までに、私が百回も繰り返して読んだ本を教えよう。『アドルフ』『クレーヴの奥方』、それにドストエフスキーの諸作品。多読よりも少しの本を繰り返し読むと、どこがどんなに良いかが、はっきりする。」
・「私はこれで、三度、文章を書くコツを書くことになる。二度でも三度でも同じことの繰り返しのようであるが、今日はこれまでよりもちょっと上級の、ちょっと面倒なことを書いてみようと思う。
それは『気持ちの好(い)いことだけを書く。気持ちの悪くなることは書かない。自分が書いたら、その書いたものをもう一ぺん読み返してみて、気持ちの悪くならないことばかりが書いてあるかどうか調べてみる』ということである。」
・「『私はあなたが好きです』。ラブ・レターを書くとき、こう言う書き出しで書き始める人は、文章の功(うま)い人である。言葉と言うものは、一番簡単な、一番分かり易い、一番使い馴れた飾り気のないものほど、好いものである。ちょっと聞いただけでは分かりにくいような形容詞は、決して使ってはならない。なるべく、主語と動詞だけで分かるような、短いセンテンスで表現するような訓練をして下さい。『雨が降っている』『私は眠かった』『隣の娘が笑っている』と言う具合に書いて、それで複雑な状況がはっきりと眼に見えるように書けていたら、それは天下の名文です。」
これを読んで、私も山田詠美さんのように小説を書いてみたくなりました。皆さんはいかがでしょうか?
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
P.S 昔、東京都江東区にあった進学塾「早友」の東陽町教室で私と同僚だった伊藤さんと黒山さん、連絡をください。首を長くして福長さんと待っています。(m-goto@ceres.dti.ne.jp)
・「『小説は誰でもかける』。この題を見たとき、そんなことがあるものかと、私の言うことを信じない人があるかも知れない。そう言う人は頭から、小説を書くことは難しいものだと思っている。或いは、特別な才能を持った人だけが書く、特別な仕事だと思い込んでいる。私は今年八十一歳で、もう六十何年も前から小説を書いている。小説を書くことでは玄人(くろうと)であるこの私が、小説は誰にでも書ける、と言うのだから、まず、このことを信じて貰いたい。頭から、信じて貰いたい。」
・「ものを書こうとするときには、誰でも机の前に坐る。書こうと思うときだけに坐るのではなく、書こうとは思ってもいないときにでも坐る。この机の前に坐ると言うことが、小説を書くことの基本です。毎日、または一日の中(うち)に幾度でも、ちょっとでも暇のあるときに坐る。或るときは坐ったけれど、あとは忙しかったから、二、三日、間をおいてから坐ると言うのではなく、毎日坐るのです。」
・「何を書くかは、あなたが決定します。しかし、間違っても、巧(うま)いことを書いてやろう、とか、人の度肝を抜くようなことを書いてやろう、とか、これまでに、誰も書かなかった、新しいことを書いてやろう、とか、決して思ってはなりません。日本語で許された最小限度の単純な言葉をもって、いま、机の前に坐っている瞬間に、あなたの眼に見えたこと、あなたの耳に聞こえたこと、あなたの心に浮かんだことを書くのです。『雨が降っていた』『私は腹を立てていた』『また、隣の娘が泣いている』と言う風に、一字一句正確に、出来るだけ単純に書くのです。あやふやな書き方をして、それで効果を出そうなぞと、そんなことは、決して考えてはなりません。素直に、単純に、そのままを書くと言うことが、第一段階の練習であり、やがて、大きなものの書ける基本である。」
・「私たちは、いや、あなたはいまは青くさい田舎者にしか過ぎない。併(しか)し、おめず臆せず、毎日坐って下さい。そして、偉大な小説ではなく、たった五枚か十枚の短編小説を書いて下さい。坐ったら、すぐ、気持ちを集中して、『雨が降っていた』と書き出して下さい。一番最初は、昨日何をしたか、と言うことではなく、正直に、飾り気なく書いて下さい。そして、読み返して、それが気持ちよく読まれるものであったら、それで充分です。しかし、どこか気持ちの悪い箇所があったら、幾度でも考え直して下さい。」
・「どんなことを書くときでも、丁寧に書いて下さい。速く書く必要はありません。むしろ、速く書けることを警戒して下さい。速く書けるときは、ちょっと筆をおいて休んで下さい。速く書くと筆が辷(すべ)ります。却(かえ)って、よい考えを逃します。丁寧に、間違えたことはないか、よく考えて書いて下さい。」
・「それからもう一つ、何を読んだら好いか、と言うことですが、これにはいろいろ意見がある。多読が好いと言う意見もあるが、私は自分の書くものにそのまま肥料になるような読み物をほんの少し決めて、それを百回でも繰り返して読むことをすすめる。ご参考までに、私が百回も繰り返して読んだ本を教えよう。『アドルフ』『クレーヴの奥方』、それにドストエフスキーの諸作品。多読よりも少しの本を繰り返し読むと、どこがどんなに良いかが、はっきりする。」
・「私はこれで、三度、文章を書くコツを書くことになる。二度でも三度でも同じことの繰り返しのようであるが、今日はこれまでよりもちょっと上級の、ちょっと面倒なことを書いてみようと思う。
それは『気持ちの好(い)いことだけを書く。気持ちの悪くなることは書かない。自分が書いたら、その書いたものをもう一ぺん読み返してみて、気持ちの悪くならないことばかりが書いてあるかどうか調べてみる』ということである。」
・「『私はあなたが好きです』。ラブ・レターを書くとき、こう言う書き出しで書き始める人は、文章の功(うま)い人である。言葉と言うものは、一番簡単な、一番分かり易い、一番使い馴れた飾り気のないものほど、好いものである。ちょっと聞いただけでは分かりにくいような形容詞は、決して使ってはならない。なるべく、主語と動詞だけで分かるような、短いセンテンスで表現するような訓練をして下さい。『雨が降っている』『私は眠かった』『隣の娘が笑っている』と言う具合に書いて、それで複雑な状況がはっきりと眼に見えるように書けていたら、それは天下の名文です。」
これを読んで、私も山田詠美さんのように小説を書いてみたくなりました。皆さんはいかがでしょうか?
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
P.S 昔、東京都江東区にあった進学塾「早友」の東陽町教室で私と同僚だった伊藤さんと黒山さん、連絡をください。首を長くして福長さんと待っています。(m-goto@ceres.dti.ne.jp)