シロナガスクジラ、900隻行き交う航路をかいくぐって餌探し
チリの内海の重要な餌場に世界最大規模のサケの養殖場…頻繁に衝突事故
https://www.youtube.com/watch?v=5Fut9qm2nmw&feature=emb_logo
この動画はチリ・パタゴニア北部の内海での1週間のシロナガスクジラ(青い点)と各種船舶(赤い点)の移動の軌跡を示す。クジラと船舶の衝突の恐れがどれほど大きいか、クジラの行動範囲が船舶運航にどれほど制約されるかがよく分かる=ベドリニャーナ=ロマノ他(2021)「サイエンティフィック・リポーツ」提供
シロナガスクジラは体長30メートル、体重170トンにまで成長する地球史上最大の動物だが、小型のオキアミを食べて生きている。口を90度に開いて全速力で泳ぎ、オキアミの群れを220トンの水とともに飲み込むという、エネルギー消費の多い狩りをする。
そのためシロナガスクジラは、オキアミが最も高密度で生じる場所に集まる。チリのパタゴニア北部の海岸はそのような場所だ。500~700頭からなるシロナガスクジラのチリ集団は、毎年夏になると子どもを連れて深く刻まれたフィヨルドの海岸の内海に集結する。
この内海では、南極からやって来た栄養分が豊富な冷たい海水と、パタゴニアの高山の雪と氷河が溶けて植物プランクトンの養分となるシリカが多く溶け込んでいる淡水が出会い、オキアミが爆発的に繁栄する。シロナガスクジラはここに集まり、3カ月ほど腹を満たす。
問題は、ここに世界最大規模のサケの養殖場があるということだ。毎日、数百隻の船舶が行き来するため、動きの鈍い巨大クジラと衝突する危険性が高い。
同国のアウストラル大学の海洋生物学者ルイス・ベドリニャーナ=ロマノ氏らの国際研究陣は、チリ集団のシロナガスクジラ15頭に衛星追跡装置を取り付けて突き止めたクジラの移動経路と船舶の航行記録を比較し、どこでどれほど衝突の危険性が高いかを調べた。
科学ジャーナル「サイエンティフィック・リポーツ」の最近号と共に公開されたアニメーションは、2019年3月のある1週間のクジラと船舶の移動経路を示している。青い点で表示されたシロナガスクジラは、絶えず行き来する船舶の赤い点を避けて、曲芸をするようにして餌場を訪れる。
研究者たちは「シロナガスクジラにとって最も重要な餌場である内海には、毎日サケ養殖場の729隻の船舶が行き来するが、これは内海の全船舶878隻の83%を占める」とし「これらがシロナガスクジラと衝突する最大の脅威要素」と述べる。
シロナガスクジラは体が大きく、潜水と浮上の速度が遅く、近づく船舶を避けて横に移動することもできない。それゆえ船舶との衝突は深刻な問題だ。内海には養殖場の船舶だけでなく、様々な大きさの漁船や貨物船なども行き来する。研究者たちは「船とクジラの動線を時間的、空間的に切り離す対策が切実に求められる」と論文中で指摘する。
夜中には餌が水面近くに浮上し、クジラも水面近くで狩りをするため、夜間の船舶運航の規制や船舶の速度制限も必要だと研究者たちは語る。
実際にシロナガスクジラが船舶と衝突する事故は近年頻発している。発生したのは2014、2017、2020年。研究者たちは「チリのシロナガスクジラは、1.8年に1頭の割合で人為的な理由で死んでいる」と明らかにした。
シロナガスクジラは全世界の海に分布し、5つの亜種がある。1868年~1978年の間に捕鯨で38万頭以上が捕獲され、ほぼ絶滅する危機に瀕した。
捕鯨が禁止されてからは回復傾向にあるが、現在、全世界の個体数は1万~2万5000頭と推定されている。国際自然保全連合(IUCN)の「レッドリスト」には絶滅危惧種として掲載されている。
引用論文:Scientific Reports, DOI:10.1038s41598-021-82220-5