米大統領選挙、ワシントン特派員が説明します 【THE5】
<「時間はないけれど、関心がないわけではない!」日常に追われ、ニュースを見る暇もないあなたのために用意しました。ニュースが教えてくれないニュース、見れば見るほど気になるニュースを5つの質問に盛り込みました。The 5が質問し、記者が答えます。>
米大統領選挙(11月5日)がもうすぐ始まります。7月にジョー・バイデン大統領に代わって民主党候補になったカマラ・ハリス副大統領は共和党候補ドナルド・トランプ前大統領をずっとリードしてきました。最近、トランプ前大統領が追い付いたという世論調査の結果が相次いでいます。しかし、二人の支持率の差はあまりなく、最終的にだれが勝つのか簡単に予測できない状況です。ハリス副大統領はなぜ土壇場でトランプ前大統領に押されているのでしょうか。在任中に激しく批判されていたトランプ前大統領はいかにして勢いに乗ったのでしょうか。イ・ボニョン・ワシントン特派員に聞きました。
[The 1] 今、誰がリードしていますか。本当にトランプ前大統領ですか。
イ・ボニョン特派員:先月26日に出たエマーソン大学とCNNの世論調査で、双方の支持率は48%対48%で同率でした。その前日に発表されたニューヨーク・タイムズとシエナ大学の世論調査の結果も同じでした。先月23~24日に発表されたウォールストリート・ジャーナルとCNBCの調査では、トランプ前大統領がそれぞれ2ポイントリードしました。選挙終盤に入ってからトランプ氏に傾いているのは事実です。選挙専門サイト「538」は先月27日、トランプ氏とハリス副大統領の勝利確率をそれぞれ54%、45%と予想しました。エコノミストの予測も55%対45%とほぼ同じでした。
しかし、トランプ氏の勝利を断言することはできません。激戦地7州で僅差なんです。多数の世論調査の結果で二人の支持率の差は1ポイント未満です。同率と分類される所もあります。今、激戦州と呼ばれているのは2016年と2020年の大統領選挙の勝敗を左右したところですから、両者は非常に激しい選挙戦を繰り広げています。一進一退、難兄難弟です。結局ふたを開けてみないと分からないでしょう。激戦州を(二人の候補がそれぞれ)分け合う可能性、一人が総なめする可能性、すべてあると思います」
[The 2] ハリス副大統領は終盤になぜ押されているのですか。
イ・ボニョン特派員:「上昇気流がなくなった」と言えます。7月末に候補がバイデン大統領からハリス氏に変わった時に一度浮上し、その翌月に開かれた党大会の効果でまた浮上し、9月にテレビ討論で再び浮上しました。マスコミの報道もハリス氏の浮上に役に立ちました。だけど、その次に何もなかったじゃないですか。雰囲気を維持するためには、本人がアピールすることが必要だが、そういうことがなかったようです。何か一つが(有権者の)心を強く惹きつける、そんなことがあるじゃないですか。政策においても、スローガンにおいても、ジェスチャーでも、アドリブでも、そういうのが見えませんでした。
もちろん、すべてがハリス氏のせいとは言えません。大統領候補について行くだけの副大統領候補だったのに、突然大統領候補になったわけですから。そのような状態でバイデン大統領の遺産、バイデンの選挙戦略と政策をそのまま受け継ぐわけにもいきませんし。ならば、新しいものを掲げなければなりませんが、その点では不十分です。
今バイデン大統領の業務遂行に対する支持率は40%前後です。米国では、そのレベルの支持率の大統領が所属する政党が政権延長に成功した例がないそうです。最近ハリス氏は、自分の政権はバイデン政権の延長ではないとよく言っています。だからといって、バイデン大統領を否定することもできません。自分がバイデン政権のナンバー2であり、またむやみに批判するとバイデン支持者たちが反発するでしょうから。そういう弱点とジレンマを抱えて選挙を行っているんです。
[The 3] 伝統的な民主党支持層であるヒスパニックと黒人有権者の一部がハリス氏に背を向けているそうですね。なぜでしょうか。
イ・ボニョン特派員: まず、経済的不満が大きいようです。黒人とヒスパニック(中南米出身者とその子孫)は全般的に困窮した集団じゃないですか。貯蓄の余力はなく、ただ稼ぎを使い果たしながら暮らしていく、「ペイチェック・ツー・ペイチェック(paycheck to paycheck)」で生きていくと言われています。ペイチェックとは給料でくれる小切手のことです。つまり、その日暮らしという意味です。そのような状況で、物価が高騰しているでしょう。そうでなくてもぎりぎりの暮らしがこれ以上どうしようもない状況になったのです。
黒人とヒスパニックの中でも、特に若い男性を中心にトランプ氏の方に傾いています。これまで民主党を熱心に支持してきたのに、自分たちに返ってきたのは何か、ハリスは私たちのことは気にも留めない、このような感情があるそうです。また、未登録移住者の問題もあります。ヒスパニック系なら国境を越えてくる中南米出身者を歓迎すると思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。越境者(国境を越える人)たちと雇用をめぐり競争することになるかもしれないじゃないですか。自分たちは米国市民権者ないし永住権者として守らなければならない既得権があるのです。トランプ氏が未登録移住者問題の「解決」を核心公約として掲げたことで、票心が動いているようです。
[The 4] 米国人はなぜトランプ前大統領に2度目のチャンスを与えようとするのですか。在任時代、様々な物議を醸し、民主党に政権を明け渡したじゃないですか。
イ・ボニョン特派員: この非常にミステリアスな現象はかなり長い説明を要するかもしれません。キーワードは排外主義(外国の人、文化、物、思想などを排斥する主義)、白人民族主義ではないでしょうか。「米国の主人は自分たちでなければならない」と考える人たちが、トランプ氏の露骨な排外主義に支持を送っているのです。
トランプ氏は人生の見通しが立たず、挫折する人々には福音を伝える人として見られているようです。自分よりずっと下にいたアジア人たちが大都市で良い仕事を見つけて良い暮らしをしており、これまでのエリートたちは自分たちに関心もなく、無知な人扱いをしているようで、税金は徴収して軍産複合体(軍部と大規模防衛産業体の相互依存体制)の懐だけ肥やしているように見える。一方、トランプ氏は報い(retribution)を与えると言っているじゃないですか。ディープステート(隠れた権力集団)、内部の敵を掃討すると。
つまり、トランプ氏が彼らのために神の鞭になってくれるということです。「私が至らないからなのか」「あの外国から来た輩のせいでこうなったようだが、恥ずかしくて言えない」「ワシントンにいるやつら、アジアのやつらと組んで私たちを裏切っている」という考えを抱いた人々が怒りのはけ口を探していたのです。劣等感を正当な怒りに仕立て上げ、なぜか口に出すことを憚った自分たちの言葉をれっきとした中央政治の言説として認め、力を持った人物が自分たちと同じような言い方をする。こういうことがトランプ氏を彼らの代理人、救世主にしてくれたようです。今、彼らは初めて政治の主人公になったと思うでしょう。トランプ氏を嫌う人たちは詐欺だと思うでしょうが。
また、トランプの優れた能力の一つは、支持者が(心の中で密かに)望んでいる嘘が上手であることです。トランプ氏はハイチ出身の移民者たちが人の家の犬と猫を食べていると根拠もない嘘をついて批判されたことがあります。ところが、それは支持者たちが望んでいる嘘でした。立証するのは難しいが。その嘘が小さな転換点になったと、私は思っています。その前はマスコミがハリス氏だけに集中してトランプ氏を無視していましたが、あまりにも荒唐無稽な話をするから初めて取り上げ始めたのです。支持者たちは「ほら、中南米移民者たち、あの人たちはそういう人間なのよ」と相づちを打ったのです。支持者たちにカタルシスを与え、時には彼らを楽しませ、ノイズマーケティングの効果をあげられる嘘がトランプ氏の主な武器なんです。
[The 5] 韓国にとっては誰が大統領になった方がより良いですか。
イ・ボニョン特派員: 誰が米国の大統領になろうと、気を引き締めなければなりません。トランプ氏とハリス氏を比較するのは、こういうことではないでしょうか。一方は眉間にしわを寄せながら、乱暴に腕をひねり、他方は笑顔で優しく腕をひねる。どっちがより悪く、どっちがましなんでしょうか。そんな質問に何の意味があるかと思うかもしれません。苦痛と不快感のぐらいの差は確かにあるでしょう。要は、(韓国の腕を)強くひねろうが、軽くひねろうが、(韓国の)身動きが取れないのは同じということです。
「プエルトリコはごみの島」
トランプ陣営の暴言にヒスパニック系が動いた(2)
(1の続き)
選挙の行方を変えうる選挙直前の事件を意味する「オクトーバー・サプライズ」は、米大統領選挙において実際にはどれほどの効果があるのだろうか。米大統領選挙の歴史を振り返る必要がある。
2010年の中間選挙で惨敗したバラク・オバマ大統領(当時)にとって、2012年の再選はそれほど容易なものではなかった。共和党の大統領候補だったミット・ロムニーは、人格と政策の面で比較的しっかりしていた。第1回の候補討論会でのロムニーの善戦で雰囲気が反転し、世論調査でロムニーは勢いづいた。
現職のオバマが必勝を期すべき州は、29人の選挙人団を抱えるフロリダだった(今回はペンシルベニアがそのような州だ)。選挙1週間前の10月末にハリケーン「サンディ」がフロリダの一部地域を貫通し、北東部地域にも大きな被害を与えた。「チャンス」をつかんだオバマは、ハリケーンの復旧作業を選挙運動と結び付けた。最も深刻な被害を受けたニュージャージー州の共和党所属の州知事、クリス・クリスティーとともに、オバマ大統領が被災地域を支援して回り、復旧作業を指揮する姿が、連日全国の地上波で放送された。
ハリケーンの被害に最も敏感な州はフロリダだ。フロリダの有権者がオバマのこのような姿をリアルタイムで見つめる中で選挙は行われた。ミット・ロムニーへと傾くと思われたフロリダでは、それこそ0.7ポイントの票差でオバマが勝った。フロリダ州の29人の選挙人団がオバマのものになった。
オクトーバー・サプライズが初めて米国の政治用語として登場したのは、1980年の大統領選挙でのことだった。当時のジミー・カーター大統領と挑戦者ロナルド・レーガンとの対決だった。選挙が近づくにつれ、カーター大統領は支持率低迷を打開する方法を考えなければならなくなった。ほぼ1年間イランに抑留されていた52人の米国人の人質を解放できれば、窮地に追い込まれた大統領にとっては外交的に大きな成果になりえた。当然、レーガン陣営はこの可能性に緊張した。レーガン陣営の選挙運動を指揮していたビル・ケイシーは、カーター大統領はそのような「オクトーバー・サプライズ」を計画しうると公開の場で警告した。
結局、人質解放は大統領選挙の直後となった。レーガン側がイランに対してロビー活動をおこなったかどうかについて下院による調査が行われたが、嫌疑なしとの結論が下された。しかし、後の時代に出たレーガンの伝記では、ビル・ケイシーとイランとの間に意思疎通があったことが示唆されている。
1992年の挑戦者ビル・クリントンと父ブッシュ大統領との大統領選挙では、「イラン・コントラ」スキャンダルによる選挙直前でのレーガン政権の国防長官を務めたキャスパー・ワインバーガーの起訴がオクトーバー・サプライズだった。
米国が捕虜となっていた米国人を解放するためにイランに武器を違法に輸出し、その販売収益をニカラグアの反政府組織コントラに送っていたというこの事件は、レーガン政権をほぼ崩壊にまで追い詰めた。レーガン政権の副大統領だったブッシュ大統領は、この事件について国防長官よりも多くのことを知っていたのではないか、との疑惑が選挙中に広がり、最終的にブッシュ大統領はクリントンに敗北し、再選に失敗した。
2000年のジョージ・ブッシュとアル・ゴアの対決では、選挙直前にある記者が24年前にジョージ・ブッシュが飲酒運転で摘発されていたことを暴露した。ブッシュのキャンペーン戦略家を務めたカール・ローブは選挙後、この暴露によってブッシュは最大で5つ州の投票で大きな損失を被ったと語った。この選挙でアル・ゴアは、全国的な大衆投票では大きく勝利したものの、選挙人団の数で決定的だったフロリダ州で再集計が行われず、勝者にはなれなかった。
2016年のトランプとヒラリー・クリントンの対決でのオクトーバー・サプライズは、今も生々しく語られている。当時、米連邦捜査局(FBI)の長官だったジェームズ・コミーが、投票日の11日前にヒラリー・クリントンの電子メールに対する再捜査を発表し、選挙2日前に嫌疑なしとして終結を発表したのだ。
2017年、CNNの看板アンカー、アンダーソン・クーパーとのインタビューでヒラリー・クリントンは、2016年の大統領選挙での敗北はコミー長官のeメール再捜査指示のせいだとしつつ、コミーは「歴史を永遠に変えたと考えている」と語っている。
米国の大統領選挙は巨大な国家で実施される非常に複雑で大きな選挙だが、選挙人団制度のせいで実際には激戦州の浮動層密集地域であるわずか数カ所で勝者が決まるという、非常に「狭い」選挙となっている。今年の選挙は、ペンシルべニア州の4つから5つの選挙区で、数千票差で勝者と敗者が分かれる。もちろん事前投票、早期投票、郵便投票ですでに多くの有権者が投票を済ませているが、彼らの大半は選挙キャンペーンによっては動かない固定支持層だ。選挙終盤まで決定を留保している浮動層有権者をターゲットにしたキャンペーンは、運動員が直に町の中を駆け回るというやり方以外はない。トランプも4年前にそれを疎かにして敗北しており、8年前のヒラリーもこのやり方を無視して、勝ったかに思われた選挙で敗者となった。
米大統領選挙の勝者はどちらか。選挙はふたを開けてみないと分からない。