この季節になると高校時代に歌った唱歌「早春譜」が思い出される。今思えば、この歌を覚える少年のころには、春を待つ気持ちが切実だったせいで、この合唱曲に魅せられたせいかも知れない。
春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず
氷融け去り 葦はつのぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
この歌の作詞者は、国文学者吉丸一昌である。1873年、大分県の下級武士の長男として生まれ、小学時代は優秀な生徒であった。1889年大分中学校へ入学する。その後、第五高等学校へ入学、ここには夏目漱石、小泉八雲らの教授がいた。学校では、剣道に熱中した。高等学校を卒業後、東京帝大の国文科へ進学、卒業後は東京府立第三中学の教師に赴任、芥川龍之介が教え子であった。
いま、岩波文庫の『日本小歌集』を見ると、吉丸が作詞した唱歌には、この「早春譜」ほか
「木の葉」、「故郷を離るる歌」が収録されている。
この歌詞には、立春を過ぎて春はすぐそこまで来ているのに、風や雪空に遮られる季節感が巧みに詠みこまれているので、そこに居合わせる人の気持ちを見事に代弁している。
この季節の山は、まだ深い雪に覆われているが、杉の花粉は色づいてきた、いつでも風に乗って飛んでいく体制はできあがっている。マンサクの花芽は、確実に大きくなり、どの木の冬芽にも脹らもうとする内なる力が動き始めているのが見える。