先日、年を干支で表している話を書いたが、年だけではなく日も干支で表していた。諺に「はなしは庚申の晩」というのがある。一年に庚申の日は6回あるが(今年は12月10日で終わった)、この晩には、寝ている間に体のなかにいる三尸虫という虫が天国に上って、その人の悪事を天帝に告げるという。そこで、その日の晩は虫が出ないように寝ずに夜を過ごす風習があった。庚申待ちと言われている。どうやってそんな夜を過ごすか、それには噺が一番だというのである。
ブログを書いたり読んだりするのは、案外こん風習から、面白い話はないかという気がなせる業かもしれない。イギリスの小説家オー・ヘンリーに『善女のパン』という短編がある。ミス・マーシャがこの小説の主人公だ。マーシャが40歳を過ぎてしゃれたパン屋を営んでミスと呼ばれるは、婚期を逃してしまったからである。彼女は、店に通ってくる中年の男性に興味を感じた。それというのも、彼が買うのは自慢の焼きたてのパンではなく、古くなって堅い、そして安いパンしか買わないからだった。
不思議に思ってある日、その客の指を見ると、赤と茶のシミついていた。客とは時おり挨拶ていどの話をするが、身の上のことなど失礼になるのではと気を使って聞かなかった。マーシャの想像が膨らんでいく。きっと、彼は貧しい画家に違いない。絵が売れるまで、古くなったパンで我慢しながら、絵筆を握っているのだと。マーシャは、自分が焼いたパンとスープで、彼と食事をしていることを何度も空想した。気の弱いマーシャはそのことを話せずにいた。
ある日、チャンスが訪れた。いつものパンを包もうとしたとき、通りを消防車がサイレンを鳴らして走り去った。客はそれを見に通りへ出た。そのすきに、パンを二つに切ってバターをたっぷりと塗り、またパンを元通りの姿に戻して紙に包んだ。客は雑談をしてパンを持ち帰った。彼女をひとり想像をふくらまして、彼がパンを食べる時の驚きと、自分の好意をどんな風に感じるかと心を躍らせていた。それから数十分後、店へ怒鳴り込んだきた客の言葉で、事態がマーシャの想像とは全く異なっていたことが明らかになった。「おまえはおれを駄目にしてしまったんだぞ。」「バカモノ」「マヌケ」
客と一緒にきた男が説明した。「彼はね、この3ヶ月というもの、市役所の新しい設計に取り組んでいたんですよ。懸賞に応募するためにね。きのうやっと線にインクを入れるところまできたんです。鉛筆で書いた線を消すには古いパン屑が一番だったんですよ。ところが、あのバターですよ。おかげで下図はめちゃくちゃ、使い物にならなくなったんです。」そしてマーサがとった行動は、彼のために着た少しおしゃれな服を脱ぎ、化粧品を捨て去ったことだった。