千夜一夜物語には、魔神や王様、美女や奴隷、商人や漁師、およそこの世のものとは思われない不思議な存在が登場してくる。物語を紡ぐシャーラザットは、アラブの国のシャーリヤル王に使える大臣の娘である。そのシャーラザットがなぜこの物語を、国王のために千夜ものあいだ語ったのか。シャ-リヤル王は、妃の裏切りに会い、魔神が自分の女に裏切られたのを見て、女は不倫をするものであると、女性不信の権化となり、国中の処女を一夜の慰みものして切り殺すといことを繰り返した。大臣の諫めにも耳を貸さず、国には若い女性はいなくなってしまうという危機であった。
シャーラザットは自分の語る物語で、処女の夜伽を止めさせることを決意したのである。その物語が、王様の興味を引かなければ、自分はもちろんのこと、この世の若い女たちの命がなくなってしまう。この物語には多くの命がかかっていることが、その特徴である。そして王の女不信とはうらはらに、女性の美しさへの賛美が、随所に散りばめらていることも、またこの物語の魅力のひとつである。
宮居の〈月〉と〈日輪〉に
瞳をそそぎ、とくと見よ、
花の顔(かんばせ)、かぐわしき
光に、心をなぐさめよ。
いと清らかな純白の
額をかざりし黒髪を
ふたたび君は目にすまじ。
たたえてやまぬ美女の名は
たとえはかなく消えるとも、
ばらさながらの赤き頬
これぞ女の身上ぞ。
足どり軽く身をゆれば、
太き臀にわれは笑み、
臀をささうややさ腰に
涙流してわれは泣く。
そして、その食べ物や香水の絢爛さが、読むものを魅惑の世界へと誘いこんでいく。「やがて女は果物屋の店先に立ちどまって、シャムの林檎、オスマンのまるめろ、オマンの桃、ナイル産の胡瓜、エジプトのライム果、スルタンの蜜柑とシトロン、そのほかアレッポのジャスミン、香り高い天人花の実、ダマスクスの白睡蓮・・・」こんなふうに、世界中の果物、花、香水、肉、酒など市場にある、ありとあらゆるものを、軽子が背負いきれないほど買いこんでいく。買い物の場面ひとつが、これほど華やかに面白く展開される。