常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

雪の日

2017年12月28日 | 日記


樋口一葉の短編に『雪の日』というのがある。吹雪いて前も見えないような雪が、小説の主人公にある決断を促す。後から後から止むこともなく降ってくる雪が、決心を思い悩んでいるものの背中を押す。雪には、人間の行動範囲を小さくする一方で、困難な事態へ立ち向かう力を貸す役割があるような気もする。

「吹く風絶へたれど寒さ骨にしみて、引入るばかり物心ぼそく不図ながむる空に白きものちらちら、さてこそ雪に成りぬるなれ、(中略)いとど降る雪用捨なく綿をなげて、時の間に隠れける庭も籬も、我が肘かけ窓細く開らけば一目に見ゆる裏の耕地の、田もかくれぬ畑もかくれぬ、日毎に眺むる彼の森も空と同一の色に成りぬ、あゝ師の君はと是や抑々まよひなりけり。」

珠は名家のお嬢さんであったが、早くに父母を亡くし、嫁いでいた伯母が家に戻って養育していた。珠の教育には力を入れ、学問の師をつけ、手習いにも通わせた。15歳の冬、村に噂が流れる。師と教え子の恋の風説である。驚いた伯母は、珠に師のもとへ勉強に行くことを禁じ、半年ばかり経った冬、まさに雪の日である。伯母の留守に、雪のなかを前後無分別に家を出て、師の下宿に駆け込んだ。この出来事は、既に師の妻となり、いまやつれない夫と暮しながら、その雪の日を回想するという作りになっている。

一葉にこの小説を書かせるように背を押したのも、容赦なく吹きつける風雪であった。一葉は、小説の師ととして半井桃水の教えを受けていた。師のもとを訪ねた日、激しい雪になった。師は今日は家に電報を打ってここに泊まりなさいと勧める。桃水31歳、一葉19歳の時である。母が許さないと断ると、桃水は人力車を呼んでくれた。車の上で風説を避けるように、頭から頭巾を被り目だけ出して、『雪の日』という小説の構想を胸に描きながら家路をめざした。
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