ジャーマンアイリスが散り初め、里山に桐の花が咲き始めた。10年以上も前になるが、桐紙を作って生涯を過ごした大沼喜代治さんの自伝の制作のお手伝いしたことがある。それ以来、桐の木やその花を注目するようになった藤の花より少し遅れて咲くが、紫の花は里山のなでも目を引く。斎藤茂吉と同時代の俳人にある句も、忘れ難い。
桐の花妻に一度の衣を買はず 中村草田男
草田男が結婚したのは昭和11年、35歳の時であった。晩婚である。見合いを10回もしたと伝えられる。それだけに、妻を愛し、生まれた子を愛した。上の句は、昭和11年から14年までの句を集めた句集『火の鳥』に見える。この句集には、中年に入って結婚した草田男の心情を語るように、妻や子を詠んだ句が多い。
万緑の中や吾子の歯生え初むる
新緑がまぶしい季節である。生業に拙い草田男は、ふと考えると、妻に夏の着物一枚買ってやっていない。桐の花の咲いた庭で、子を抱きながら明るく微笑む妻がいた。時代は、戦時の影が日本を覆い、俳句などを創るゆとりがない時代迎えようとしていた。