
しとしとと降る雨にぬれた花の紫が美しい。「テッセンだ」と早トチリしてカメラに収めた。ものの本によると、八弁で紫に咲くのはカザグルマでテッセンではないとある。ほかにつる草のトケイソウなどもあり花の識別はことのほか難しい。この春は、近くの山に妻を連れて二度ほどワラビを採りにでかけた。ワラビの季節は、空気も澄んで山に入るとことさらに気持ちがいい。
石激る垂水の上のさわらびの
萌え出づる春になりにけむかも 万葉集巻8 志貴皇太子
志貴皇子は天智天皇の第7皇子である。宮廷で催された宴で、春を喜ぶ歌として詠まれた。こんなも遠い昔から、春の味覚として、当時の貴族の間でもよろこばれたワラビである。令和の今日、ワラビを採る春に心を躍らせることに感慨深いものがある。歌にある垂水とは滝のことで、岩の上を滝の水が激しく落ちている景である。さわらびのさは接頭語でワラビの芽が萌えだした、あの芽吹きの様子がうかがえる。
ワラビ採りのついでに蕗も二度ほど採った。こちらも土手の辺りに群生するミズブキである。北海道のミズブキは、太くやわらくておいしい。母がこの蕗が好きで、食べごろになると蕗採りに連れて行かれた。風呂敷に包んで、背に背負って持ち帰ると、皮をむくのは子どもたちの仕事であった。中に虫に食われたものがあるが、黒く傷んでいるのですぐに分かる。これを5㌢ほどに切って煮て食べる。春の味は、長い年月が経っても少しも変わらない。