高畠町上和田地区は、上和田有機米の産地として名高い。この地区は福島地区と隣接していて、豪志峠は上和田と福島の恵庭を結ぶ古道があった。この地区の上に、豪志山、駒ケ岳の1000m級の山が県境となっている。登山口は右へ行けば駒ケ岳、左は豪志山に通じ、駒ケ岳と豪志山へ峰続きで、近年この山を結ぶ登山道ができ、登山口から2座を一周することができるようになった。昨日、このコースを登山仲間とともに歩いた。もとより、弱った足のリハビリの意味合いと、残り少なくなった紅葉をこの目で堪能する目的がある。だが、周遊で約12㌔、歩く時間が7時間ともなれば、リハビリの目的は越えてしまっている。
スマートウォッチでウォーキングの歩数を記録するようになって3年近い日が経過した。今日の駒ケ岳の歩きを含めて、1000万歩のメタルを獲得した。一歩一歩の積み重ねが1千万歩、その歩きの効果はここで書き尽くすことはできない。そのなかに、大朝日の縦走や奥穂高での長い歩きが含まれている。この年になるまで歩き続けることで得たものは大きい。同じ年の年代の人からかけられる言葉は、「お若いですね。」枕頭に置いた読みたい本が、最近はかどるようになった。朝の散歩がとにかく楽しい。朝の静かな時間に身をおいて、自然のなかから聞こえてくる風や川の音、また、小鳥のさえずり。この長い歩きのなかで手にできたしあわせである。
登山口から駒ケ岳への道は、草にたっぷりの露が降りている。しばらくは沢の渓流の脇を歩くが、露のために靴やパンツが雨のようにぬれる。渓流に沿って登ることは、高度を少しずつ上げることにつながる。しかしはっきりとした道の表示がなく、草木に隠れた道を見失う。手にしているGPSで登山道を歩いたつもりでも、道を外していることもある。衛星からの位置情報を確認しても、歩いている道が正解としながら、行先に道がなくなることも、何度も経験している。ヤマップに示されている道が、細くなると登山道から外れていることもままある。今回もそんな経験に行き会ったが、じっくりと地図を見たMさんが登山道を見つけてくれた。
ジクザクの道が頂上へと導いてくれる。歴史をみると、この地区は米沢藩とは別の地区になっている。上杉氏がが米沢に転封されるが、この地区は幕府の直轄となった。米沢藩と別のルートで福島とつながる、そんな歴史の道である。かくも急傾斜をジグザクに道を切りながら、生きるための物資を得るために、急坂をものともせずに通う。人が生きるというこtの厳しさをこの道が示して
いる。
松からブナへ。山の高度によって樹々の種類もことなる。松林では、マツタケが人々の生活の資となったが、高度が800mぐらいなると山中は一気にブナ林となる。駒ケ岳から豪志山への道に美しいブナの紅葉である。リーダーのTさんは、日本アルプスの山を多く歩いているが、地元の山のよさにブナ林をあげている。この地方でなければ味わえない樹々のなかでの癒され。僅か1000mほどで、これほど山の雰囲気を味わえることはない、と幾度も話した。季節が進めばブナ林特有のキノコや山ブドウなどの山の幸にも恵まれる。
弱った足に、12㌔の歩きはキツイが、最後の急坂でスピードダウンしたほかは、ほぼ以前の歩きができたように思う。80歳を越してからの山歩きは、この山が多くの示唆を与えてくれた。危険を避けながら、ゆっくり下りる。登りで体力の残していることも大事だ。何れにしても、若い元気なときの歩きは、取り戻すことはできない。ゆっくり登っても、低い山で、見晴らしのよい山の感動に変わることはない。