一気に気温が下がった。だが、空はこれ以上はないだろうという青空。計画していた里山に、木に会いに行く。与蔵山、あまり聞いたことのない山だが、この季節最後の紅葉の里山を見にでかけた。鮭川村、名が示すように、庄内の海から鮭川に鮭が遡上する村である。ここで名高いのは、巨木の存在だ。トトロの木と呼ばれる小杉地区の大杉。かご山の大桂は幹回り104m。藤九郎沢の大桂は、かご山の倍もある幹回り20m。与蔵山のブナの巨木は、山道の道しるべになっている。幹回りは10mを越えたと思われる大木で、黄色く色づいた葉が、きらきらと陽ざしを遮っていた。
羽根沢温泉を過ぎて与蔵峠の長い林道を行くと、与蔵山の登山口に着く。ここから沢筋の道を与蔵山へ進む。見晴らしのよい山道では、息を呑むような紅葉である。ここの標高は500~600mと低いのに、すでにブナの林が現れる。まだおおきくならない若い林である。海からの雪が積もるせいなのか、ブナがほかの樹種にたいして優勢である。ブナの寿命は300年ほどと言われている。自らの寿命を悟ったブナは、林床に子ブナが育たないと、木いっぱいに実をつけて辺りをブナの稚樹を繁らせる。二次林といわれるが、若いブナの林は整然として、美林という名がふさわしい。
ヨーロッパのブナは、日本のものよりも寿命が長い。この林を塒にしたジプシーが、木の下で焚火をし、宴のひとときを楽しんだ。シューマンの名曲「流浪の民」の舞台は、ブナの林のなかだ。
見晴らし台からは鳥海山の姿が。紅葉と青空、そして出羽富士。こんなぜいたくな取り合わせを満喫することができたのは望外に幸せである。鮭川村ののどかな風景のなかには、忘れ去られた絶景がある。そして樹々の逞しい生命力。はかない人間の生に、励ましの刺激を与えてくれる。