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「ねぇ、萩って、どんな町なの?」と東京生まれのミモロにとって、正直言って、あまり馴染みのない町。
だからいっそう興味津々。ウキウキしながら、瀬戸内側の山口市内から、日本海側の萩まで、お友達の車で向かいます。
山口市内から萩までは、車やバスで約1時間10分。「瀬戸内から日本海側だから、すごく遠い感じがしてたけど、えー割と近いじゃない…」と、ミモロは意外な感じのよう。
バスの便も多く、本当に思ったより近い感じです。
*旅のポイント:山陽新幹線を利用した場合、新山口駅と東萩駅間にバスの運行便が1日6便あり、これを利用するのがベスト。電車だと、すごーく遠回りすることに。
快適なドライブで到着した萩の町で、最初に訪れたのは、町の中心的存在の萩城跡。
そもそも萩は、関ケ原の戦いで敗れた毛利輝元が、慶長9年(1604)に、それまで治めていた中国10国から防長2州に領土を減らされて、ここに萩城(別名、指月城:指月山に築いたので)を築くことに。
ご存じのとおり、毛利といえば、戦国大名として西国に名を馳せた毛利元就が有名。3人の息子に1本の矢では折れるが、3本束ねれば強いという家訓を残したと伝えられています。輝元は、元就の孫にあたります。
萩は、それから約260年間、毛利家36万石の城下町として栄えることに。
ミモロが訪れた萩城跡は、明治に天守閣を含むすべての建物が解体され、今は、石垣だけが当時の面影を留めています。現在は、指月公園として、春には、600本のソメイヨシノが咲く、市民の憩いの場所に。
「わー大きな石垣!」
大小さまざまな大きさと形の石を巧みに積み上げた石垣が、今も堂々と聳えています。
「なんか迷路みたい・・・」とトコトコ歩きながら思うミモロです。
城跡の公園には、木々が茂り、緑がいっぱい。「気持ちいいねぇー」と思わず深呼吸。
歴史ある城だけに、樹木も大きく育ち、松のりっぱなこと!木を見ると、つい登りたくなるネコのミモロ。
「う、また降りれなくなっちゃったー、助けてー」と、松にしがみついたまま動けないよう。
お友達に助けてもらい、下に降りたミモロは、お城の囲むお濠のそばへ。
「うわー大きな鯉がいっぱいいるよ」 ミモロの姿を見た鯉が、エサをもらえるかと集まってきました。
お濠を渡る爽やかな風に吹かれながら、「きっとりっぱなお城だったんだろうねぇー」と、ミモロは、目の前につづく石垣を眺め、昔の姿を想像しているようです。
さて、「萩ってどんな町?」というミモロの質問に、まず地理的なことからお話しましょう。
萩は、日本海に面した町。ミモロがいる萩城と、そのそばに広がる城下町は、阿武川が、東へ分かれた松本川と、西に分かれた橋本川の間の三角州にあります。つまり、町の周囲を自然の堀に囲まれたような地形です。そして城のある指月山山頂からは、町が一望でき、また日本海からやってくる船も見張ることができる、難攻不落の城下町なのです。
明治になり、藩の中心は瀬戸内海側の山口に移り、人の移動に伴い、萩は、それまでの活気を失うことに。でもそれにより、現在まで古い町並みが残ることにもなったのかもしれません。
*旅のポイント:萩の町に関する詳しい情報は、「萩市観光協会」のホームページで。
ホームページで、観光客に嬉しいサービスを見つけました。それは「手ぶら萩観光」という荷物預かりサービスです。
JR東萩駅内にある「東萩観光案内所」では、市内の提携しているホテルや宿に宿泊する観光客の荷物を預かってくれ、なんと宿泊先まで届けてくれるというもの。市内を手ぶらで見て歩き、そのまま宿泊先に行けるとは、嬉しい限り。さすが観光の町と思わせるサービスです。
さて、城下町の様子は、どんなでしょう。明日、ミモロは、城下町歩きをリポートします。お楽しみに…