「あなたが一番幸せになるところに行きなさい」
私はその言葉に少なからぬ衝撃を受けた。かつて私はこんなに優しく芹里奈に同じ言葉を投げかけはしなかった。地下水にぬれそぼる靴を目で追っていた。質素なデザインだが、つま先の花柄をカルメンの薔薇だと芹里奈は言った。私は彼女をカルメンのように好きなところに行かせたのだろうか・・・
「あなたが一番幸せになるところに行きなさい」
再び芹里奈は続けた。
私はそのとき初めて、芹里奈はA子のことを言っているのだと気付いたのだ。
私は目頭が熱くなり、鼻根に甘酸っぱいものを感じた。背筋には悪寒のようなものが走った。
「彼女に誘われたんだ。どうしたらいい?」
自分の頭の中でゆっくりと、A子を思いながらそう言葉をたどってみた。激しい感動の波が乱気流のように押し寄せて来た。それは私をもみくちゃにして電撃のようなショックが全身に伝わるのを覚えた。
「あなたが一番幸せになるところに行きなさい」
三度芹里奈の声がした。しかしその声は次第に先細ってやがてしじまの中に溶け込むように消えた。
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