「浄土」苦楽、2枚目の作品途中の画像です。
苦楽の道を歩みながら、何億もの人生が進んでいく。虫が光に向かうように、人は何かに向かっている。
自我の中だけを見ていれば人はみな己の幸せを求めて生きているように思えてくる。
ときには味方であり、時には敵となって、己の外に様々な人生を意識する。
個展という言葉は、私がそんな己を主張するために使う道具のようなもので、そこにある願いは有名になるといったような、つまりは己我の願いによって生まれたものなのだ。
浄光寺での奉讃会にそんな願いを持ち込んではいけないと、ようやく気付いたと言っていい。
そういう眼で己を見る。そこに本願がある。
何年も前に生まれた五次元の世界、「のしてんてん系宇宙」は私の知識ではなく直観からやってきた。それもまた本願につながっていることに気付かされる。
人はみな、苦楽の道を歩んでただ一つの心に向かっている。
人はみな、宗教を超えて、科学を超えて一つの心に行こうとしている。
世界は一つになる
それが本願と言えるものだ。
奉讃会は本願をかなえるためにあるべきものなのだ。
そう思って、私の心はようやくすっきりとした。
どのようにして人を集めるかという思いは個展であり、我の願いから出たもので、御住職を困らせ、自分の心を曇らせた。
案内は出さなくていい。
寺に集まる檀家さんに見ていただく。
そのために私はこの本願をかなえようと一心で絵を描く。
これが本願に生きるということではないのか。
私は自分にそう言い聞かせる。
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