どこにでもある風景だと私には思えるのだが
いつも買い物で通る車道。対向車があると必ずスピードを落としてすれ違うほどの道幅だ。歩いたり、子供を乗せて自転車で走ったり、要するに住み慣れた街の見慣れた面白くもない道である。
ところがこの道を通るとき、一つだけ私の気を引く風景があった。長年そこだけ何かが違う空気が漂っていて気になっていたのだ。
もちろんそれだけのことで、それ以上詮索することもなく三十数年が過ぎていた。実にありふれた日常の一コマなのである。
ところでその、気になる風景というのが実はこの写真↑に写りこんでいる。
それが写真中景にある緑の茂った植え込みなのだ。植木に何かを感じるのではない。そこに道があるのだ。
近づくと、↓
歩いていると突然緑に隠されていた小径が現れるのである。
ここだけ、トトロが出てきそうなトンネルになっている。昼間でも薄暗いのだ。
写真ではよく伝わらないかもしれないが、長年の気になっていた光景だということは間違いない。
するとこれは路地裏探検の醍醐味ではないか。私の心が動いた。
路地の向こうに何があるのだろう。そう思わせる雰囲気がある。ここを探検しない手はないだろう。
落ち葉を踏みしめて通り抜ける間、ワクワク感が盛り上がる。この路地がどこか私有地的な感じもあり、少しばかりの罪悪感も冒険の気分を盛り上げる。わずか数十秒のことだが。
トンネルを潜り抜けると、そこは普通の風景↓だった。車一台がやっと通れる路地。整理された感じはあるものの、特に期待する何ものもない。これが現実というものだろう。なんだこれだけか。路地裏探検という意識がなかったらこの話はここで終わっていた。
ところがここから意外な風景に出会うことになったのである。そしてこのあたりの面白いことも分かってきた。
ここから道なりに歩いていくと、すぐに馴染みの大きな道路に出た。表題の写真の中央に青い屋根の家がある。その前が合流点だったのだ。毎日通っている馴染みの道路なのに、以外にもこんな風景↓を意識して見たのはおそらく初めてだった。
今までこの不思議な光景に気づかなったのはなぜだろう。
しばらく考えてようやく分かったことは、視線のわずかな違いが原因だったのだ。普段この写真の角度から白い建物を見ることはなかったのである。つまり左の道路は何度も通っていたが、右の道路は一度も使ったことがないということなのだ。左の道路を直進しながら白い家を見ると、右側の道路は家に隠されて奥まで見えないのである。この撮影ポイントは私の日常生活の動線からみると2メートルばかりずれていたのだ。たったそれだけの誤差で私は三十数年もこの風景に気づかなかったということになる。
そう思うと俄然この道を歩いてみたくなったのである。
そこで出会った風景はまるでタイムマシンに乗ったように昔ながらの街並みであった。戦火にも遭わず、都市計画の洗礼も受けず、昭和の初期あたりからそのまま残った区画だったのである。家と家のすき間を縫うようにして路地が網の目のように枝別れしていて、狭い地区にも関わらず迷子になってしまうほどだった。
この家と家のすき間道は、私には五次元の空間を意識させてくれる不思議な力があるように思えた。空間がこの集落を作っている。その空間の音が聞こえるようだった。
その空間の形を何枚かご覧いただきたい。↓
生活用水路?すき間を活用するとそれは共用のものになる。
空間はまさに共用そのものだ。誰も私有できない。そこに意味があるのだ。
吸い込まれるような、圧縮された空間の力を感じる。
この緊張感で相並ぶ建物は形を保っているのだろう。
新しいものと古いものが、この空間の力によって区分されている。
空間がなければ新旧もなく混然一体化した今しかない。
物質に対応して空間は闇を作る。物質の向こうに光が見える。
明暗で答えるのが空間の力ともいえる。
空間はエネルギーそのものなのだ。
空間は物を切り分ける。
しかしその間にも命ははぐくまれている。
命は空間のなかにある。
いつの間にかあの入り口に戻ってきていた。
入ってきた時とは逆に、夢から現に開いたトンネル。
その向こうに光っているのは私の日常の世界だ。
テントもリュックもいらない路地裏探検。今回は意外な体験を楽しみました。
意識を変えるだけで見方が変わる。すると新しい世界が見えてくる。ここにも空間の力が現れている。
昔からの家は
ほとんど道路に面した塀の内側に
成長の早い生け垣が植えられている
たいてい1m以上は道路にはみ出している
自分も気になってました。
ちなみに
最近新築される家は 生け垣は先ずみません。
区画整理が広がり、家屋の塀部分が道路に変ってきたのかもしれません。
その道路にはみ出している植木が一軒分残っているところがあったりして、新旧の流れが分かるのも面白いです。
建材や家構えの違いなどをみると、時間を感じますね。
韓国での記憶を呼び覚ます何かがありますね。
ソウルの繁華街から外れた裏通りに
写真と似たような町並みが結構ありました。
植民地時代から残った風景でした。
だけど、それももう30年以上も前だから
今はすっかり変わったのでしょうね。
また、ブサンにも似たような町並みが結構ありました。
ブサンは大阪と割と近いから
大阪風の建物が、当時では残っていました。
でもそれも30年前のこと、
18の時に約1年くらいブサンに住んだことがあります。
その家が日本風の家でした。
今は恐らく消えているとおもいますけど。
懐かしいですね。
プサンに友人がいて、自宅に泊めてもらったこともありましたが、市街には高層住宅が立ち並んでいました。随分変わっているでしょうね。