(26)
タウ将軍がストレンジの王に謁見を求めたのはチュウスケの山焼きが始められてからでした。
森を這う火の龍を発見した時、タウ将軍がついに動き出したのです。
バリオン軍の総司令官として、タウ将軍はすぐにでも軍を動かし、反乱軍を打つべしと考えていました。
しかしバリオンの王様はストレンジの姫の救出を優先させ、あろうことか、本人自らその救出作戦に参加しているのです。
王のやり方は、軍人からすれば理解しがたいというべきでしょう。
地上に配備したバリオン軍をどう使うのか。上空の兵をいつまで待機させるのか。先を見通すのは司令官として当然の使命でもありました。
しかしいつまでも王からの封印が解けない軍杖を握りしめてタウ将軍はいら立っていたのです。
そんな時異変が起こりました。
ストレンジの森に生じたかすかな赤い点、その赤い点がじわじわ体躯を伸ばし、龍と化していくのです。
「よくぞ、お越しいただけた、タウ将軍。バリオンの王様より伺っている通りの凛々しいお姿。嬉しゅうございますぞ。」
ストレンジの王は身仕舞を正して坐っていました。
洞窟の空気にいくらかなじんできたのかもしれません。フェルミンのことを思うと、自分が寝ている訳にもいかないという思いもあったのでしょう。
反乱軍に対しても正面から目を向ける余裕が感じられるのです。
「森が焼けている。仔細をお聞かせ願いたい。それが気になりはせ参じました。」
「こちらの居場所が分からないためにやみくもに火を放っているようじゃ。」
「国軍が反乱軍に染められるとは、恐ろしき魔法、何か策はおありか。」
「国軍が全て反乱軍になったとは言え、まとめる指揮官がいない烏合の衆のようなもの、戦力としては弱いのです。今は分隊で動いている反乱軍の頭をたたくためにゲリラ戦で応戦していますのじゃ。」
「頭をたたいてどうにかなるのですか。」
「魔法に侵された者はともかく、軍規に縛られたものを解放してやれば、喜んで家に帰るものもいるだろう。そう呼びかけながら戦っておるのです。」
「反乱軍とはいえ、この国の民ということですか。」
「左様。国軍の兵は軍規で動いている。当たり前のことだがそれを魔法の力と思わせるのが巧妙なネズミの手口だと気付いたのです。」
「なるほど。」
我が王の考えそうなことだと、そこは口に出さず頷きました。
「実際に頭をたたけば、ほとんどのものは武装解除して逃げ出す。少しでも意志あるものはわが軍に帰ってきますのじゃ。この戦い、決して暗いままではない。そう思えるようになりました。これもバリオン王のおかげですのじゃ。その王自ら、フェルミン救出に向かわれた。こんなことがあるだろうか。のう、タウ殿。バリオン王の御心はこの宇宙そのものじゃ。」
タウ将軍は君主を褒められて悪い気はしませんでした。
焦りの気持ちがいくらか和らいだと言ったらいいのかもしれません。
「森の火が心配です。どんどん広がって行くようですが。」
「幾日もしないうちに雨が消してくれるだろう。この森は雨が多いのです、タウ殿。」
それにしても、フェルミン姫は無事なのだろうか。
軍杖を握ると、王様の無事だけは分かる。
「無益な戦いをするでない。」
戦いの進言にいつも帰ってくる返事です。
タウ将軍にとって聞き飽きた王の口癖ですが、その真意が少し分かったような気がしました。
それが吾ながら不思議な気分だったのです。
呪術に無理やり引き込まれていやいや従っていたのが実際ですが、タウ将軍はその呪術を武術に活かすことで何とかそこに意味を見出そうとしていました。
二人の思考は若いころから文武二極の両端から意見がぶつかることが多かったのです。
今思えば、その二人を中間で受け止めていたのが呪術だったのかと、はたと気付いたのが今この時でした。
そう気づいて思い返せば、王様に従って呪術を受け流している時、あの瞬間だけは無心であったような気がするのです。
王の発するエネルギーの波、それは見ることも触ることも出来ないのですが、間違いなく心を振動させるのです。
その振動を無心に眺めていると、この波を押しあげたいと思う時と引き下げたいと思う時が交互にやってくるのです。
押しあげたいときに波に合わせて身を持ち上げると世界がバラ色に輝きます。
逆に引き下げたいときに波を自分の心の中に引きこむと、そのタイミングがうまく合えば心が黄金色で満たされるのです。
そうなるともはや王の波か、自分の波かなど意味をなしません。
それは宇宙そのもののように思えるのです。
増幅された2つの波はその瞬間たった一つの波となるのですからよく考えれば当然のことだったのです。
タウ将軍には王に無理やりやらされているという思いがどこかにありましたが、
今思えば、二人で呪術を行っている瞬間が一番幸せだったのではないかと思いました。
なんだかんだ言っても、結局王の手のひらだったのか。
そう考えると、悔しい思いが少しだけバラ色に見えるのでした。
「王様、急使がやってまいりました。」
衛兵が緊張した声で報告しました。
「すぐに通せ。」
吉報か、凶報か。
それはタウ将軍も同じ思いでした。
やってきた急使は隻眼で血染めの包帯を額からはすかいに巻いているではありませんか。
「どうしたのじゃ、申せ。」
「ダニールが、」
「ダニール!生きておったのか。そうだろう、ダニール程の使い手がむだ無駄殺されるはずがないのじゃ。すぐ連れてまいれ。」
「敵の手に堕ちたのでございます。」
「何だと。」
「黒い騎士が現われて、それが強いのです。烏合の集と見くびっていたのも敗因ですが、黒い騎士の軍は今までの動きとは違うのです。木の枝や茂みのあちこちから兵が飛び出し、まるで森全体が敵になったように思いました。我々では歯が立たず、さんざん討たれて逃げ伸びるのがやっとだったのです。」
「黒い騎士がダニールだったというのか。」
「はい。誰の目にも、ダニールだと分かりました。間違いなくダニールは反乱軍の指揮をとっています。反乱軍がダニールの下で組織され始めていると見ていいでしょう。」
「そんな馬鹿なことが、なぜそんなことに・・」
「王様、すぐさまここを引き払わなければなりません。ダニールなら、緑の穴に至る道で知らないところは在りません。すぐに大軍が押し寄せて来るでしょう。猶予は在りませんすぐにご用意を。」
急使の衛兵が蒼白な顔をして言いました。
「なりませんぞ。」
タウ将軍の力強い声が響きました。
「このまま、ここを捨てたら敵の思うつぼです。」
「しかしそうしなければ、ここで全滅です、王様。逃げ延びればまだ望みがあるのです。」
包帯の衛兵がタウ将軍の言葉をさえぎって叫びました。
「何か良い策は在りますか、タウ殿。」
「ここを守り切るしかないでしょう。話が本当だと、そのダニールという者、地の利を知った戦いをするようです。ここを出たら、敵の手のひらで戦をするようなもの。勝ち目はありますまい。」
「・・・・」
「それより王様、この者を捕えるのです。」
「何だと。」
「この者は、ダニールの回し者でしょう。どうせ王様をここからおびき出すためにやってきたのでしょう。そうだな。・・・何ならその血染めの包帯をひきはがしてやろうか。」
タウ将軍は俯いている衛兵に向かって言いました。
「本当なのか。」
「フハハハ・・・」
衛兵が俯いたまま笑っているのです。
「こんなものいつでも取ってやる。」
そう言いながら衛兵は目を覆っている血染めの包帯をなげ捨て、剣を抜きました。
両眼がぎらぎらと光り、腰を落として身構えたのです。
「もう遅い、すでに将軍はここを包囲している。もう逃げられぬぞ。天誅だ、喰らえ!」
跳躍して衛兵は王様に切りつけたのです。
その刹那、タウ将軍の軍杖が弧を描きました。
宙の衛兵がまるでハエのように叩き落されたのです。
「この者を捕らえよ。」
王の一声に数人が群がり縄をかけて連れ去りました。
「かたじけない。おかげで助かり申した。礼を申す。」
「たいしたことではござらぬ。それより王様、あのものの申したこと、嘘とは思えませぬ。」
「包囲されているということか。」
タウ将軍は無言で肯きました。
「幸いここは自然の要害、速やかに籠城の準備を。」
「あらゆる入り口を固めよ。敵はどんな隙間でも見つけて入ってくる。ぬかるでない。洞窟の探査隊は奥の調査を急ぐのだ。有利に使える場所を探せ。奥に退路もあるはずだ。水と食料の確保。そのルートも探りだせ。皆の者、決して諦めるな。これはストレンジ存亡の戦いぞ。」
「おう!」
洞窟の中で勝鬨の声が異様な音響となって響き、
その余韻がこだまして奥へ奥へと消えて行きました。
ストレンジ王は矢継ぎ早に命令を出しました。
おそらくダニールは送り込んだ刺客が出て来なければ総攻撃をかけるだろう。
時間は限られている。
ストレンジの王もタウ将軍も同じことを考えていたに違いありません。
タウ将軍は軍杖を握りしめ、宇宙の母船と、森で待機する五艘の軍船に戦闘準備を命令したのです。
バリオンの王からはいまだ攻撃の意志が伝わってきませんが、これは防衛戦なのです。
躊躇は許されません。
緑の穴の隠れ城は天然の鍾乳洞でした。その中は未知の広がりがあるのです。
しかしそのことも含め知り尽くしているダニールです。
そこに逃げ込んだ王討伐のシナリオは簡単に描くことが出来るのでした。
攻め入る入り口。火を使い、煙でいぶすために有効な穴の存在。
穴から逃げ出してくる出口までダニールには分かりました。
そればかりではありません。
洞窟の王の待機場所までは灯りがなくても進んでいくことが出来るのです。
ダニールが知らなかったことは、鍾乳洞の奥の奥と、バリオン軍の存在だけでした。
そしてついに、反乱軍となった国軍の総勢力が緑の穴を囲んで軍旗を掲げたのです。
ストレンジの隠れ城は王軍の旗を黒い水で染め上げた黒旗で埋め尽くされたのでした。
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