伊藤整の文学碑は4~5メートルはあろうかと思われる褐色の自然石を立てたものだった。その前面には方形の大理石が埋め込まれ、そこには伊藤整の詩の一節が刻まれていた。
その詩は伊藤整の詩集「冬夜」の中におさめられている「海の捨児」と題する次のような詩であった。
私は波の音を守唄にして眠る
騒がしく絶え間なく
繰り返して語る灰色の年老いた浪
私は涙も涸れた壮絶なその物語を
次々と聞かされてゐて眠ってしまう。
私は白く崩れる浪の穂を越えて
漂ってゐる捨児だ。
私の眺める空には
赤い夕映雲が流れてゆき
そのあとへ星くずが一面に敷き散らされる。
あ々この美しい空の下で
海は私を揺り上げ揺り下げて
休むときもない。
何時私は故郷の村を棄てたのだろう。
あの斜面の草むらに残る宵宮の思ひでにさよならをしたのだろう。
あ々私は泣いているな。
ではまたあの村へ帰りたいといふのか。
莫迦な。
もうどうしたって帰りようのない
遠いとほい海の上へ来てゐるのに。
でも今に私は忘れるだろう。
どんな優しい人々が村にいたかも
昔のこひびととは見知らぬ誰かの妻になり
祭りの宵には私の思ひ出を
微笑みに光る涙にまぎらせても
私は浪の上を漂ってゐるうちに
その村が本當にあったかどうかさえ不確かになり
何一つ思ひだせなくなるだろう。
浪の守唄にうつらうつらと漂った果て
私はいつか異國の若い母親に拾ひ上げられるだろう。
そして何一つ知らない素直な少年に育ち
なぜ祭の笛や燈籠のようなものが
心の奥にうかび出るのか
どうしても解らずに暮らすだろう。
HPのしてんてん
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