カウンターに座ると、里依子は手際よく酒と肴を注文した。目の前にあるショーケースを覗いては、細い指先で積み上げられた魚を示してその名前を私に教えた。
ほとんどが私の知らないもので、ここでしか食べられませんからと、笑いながら里依子はそれらを注文するのだった。
酒が入ると私達は話に夢中になった。職場のことや家族のことなど、ありふれた会話が途切れなかった。しかし徐々にではあったが、私の心に焦りのような感情がたち表れるのを意識しないわけには行かなかった。
それは二人の会話の中にいつまでも尾を引くように残っている不用の心遣いをどうすることも出来ずに、私はただ里依子の話しを聞き、答えることしか出来なかったのだ。たとえば玄関先で会話をするばかりで、その家の中に入っていけないもどかしさといえばいいだろうか。
里依子は注文した料理にほとんど箸wをつけなかった。つい今しがたまで残業をこなしていた彼女のことを思うと、里依子のそのつつましい食が彼女の遠慮のように思われて、私は何度もそのことを言った。
そのたびに、彼女は笑いながら応え、申しわけ程度に箸の先に魚の身を挟むのだった。
「そんなにお腹がすいてないの」里依子はそう言うが、私にはその言葉がもどかしくてならなかった。けれどもその一方で、私はビールのおかわりをしたい気持ちを抑えている自分を発見するのだ。
HPのしてんてん
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