体力をつけなくてはといって私は高価なメニューを勧めたが、里依子は安い一品料理を選んだ。そしてそれが私たちの最後の食事となるだろう。今度はいつ会えるだろうと思うと私は何を食べているのかさえ分からなくなる。
食べながら里依子は有島武郎の話をした。彼はニセコを舞台にして小説を書いているんです。と里依子は言い、そして微笑んだ。
ニセコは里依子のふるさとであり、その豪雪の地に生まれた彼女は色白で頬に淡く紅色を浮かべてよく笑った。初めて里依子に遇ったのは世を徹して走る列車の中であったが、やがて彼女が降り立って行ったニセコは闇の中に見えなかった。
けれどもそれからの手紙のやり取りの中で、私は里依子を通して何度もニセコを
知ることになったのである。そしてその手紙の行間から彼女がどんなにニセコを愛しているかが伝わってくるのだ。
ニセコアンヌプリ、マッカヌプリ、里依子の心の中にしっかりと根付き、彼女を育んで今もそびえている山の姿が私の意識に立ちあがってきた。
「是非、有島武郎を読んでみてください。」里依子は私に言った。
「きっと読みます。」
咄嗟に私はそう応えていた。そしてまた、小樽と同じように、ニセコを訪れる日が来ればどんなにいいことだろうと思うのだった。
「道立近代美術館」 ====了====
HPのしてんてん
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