(3)
スケール号の操縦室をジイジは懐かしそうに眺めました。操縦席の前に赤いレバーがありました。操縦かんです。ジイジはすぐにスケール号を動かしてみたくなりました。
でも操縦席には坐れません。そして気付いたのです。自分が艦長でない理由が分かったように思えました。いつの間にかジイジになってしまっていたということなのです。
でも北斗だって、この席に坐れないし、操縦かんも握れない。
そう思っていると、北斗を乗せた揺りかごが浮かんだまま操縦席に近づいて行ったのです。すると操縦席の背もたれが後ろに倒れて寝台のようになりました。
その上に揺りかごが滑り込むように乗っかると、カチャンと何かが固定されるような音が聞えました。
「艦長、基地に戻りましょう。」ウサギのぴょんたが言いました。
「早く戻るでヤす。」モグラのもこりんも言いました。
「艦長、食堂のクリームソーダはおいしいダすよ。」ぐうすかはもうよだれを流しています。
三匹の乗組員たちは互いの持ち場について、艦長の命令を待っているのです。
ところが北斗はすやすやと眠るばかりで、スケール号は動きません。
「駄目だこりゃ。艦長は眠ったままで起きないでヤす。」
「ぐうすか、何とかできないのか、おまえ居眠りの専門だろう。」ぴょんたが言いました。ぐうすかはいつもまくらを持っているだけあって、どこでも居眠りできるのです。
「ぐうすかはだめでヤすよ。よけいに眠ってしまうでヤす。」
「もこりんだって、穴掘りしかできないダす。」
「喧嘩はなしだよ、もこりん、ぐうすか。」
「ぴょんただって、何も出来ないでヤす。できるんなら艦長を起こしてくれるでヤすか!」
「博士、助けて下さい。」ぴょんたがジイジの服を引っ張りました。
「何とかやってみよう」
ジイジはスケール号の操縦室に立っているだけで、艦長だった頃の記憶がよみがえってきたのです。北斗にそれを伝えればいいのです。でも、どうすればいいのでしょう。
ジイジは北斗の目のことを思い出しました。北斗がぐずり始めるとジイジはよく北斗をだっこしてやりました。目と目が合うと不思議に泣き止むのです。
涙に潤んだ眼は真っ黒で、どこまでも深くキラキラ輝く闇の空間に吸い込まれそうになるのでした。その目に向かってジイジはいつもお話をしてやりました。北斗はジイジのお話が終わるまでじっと、瞬きもしないで見つめているのです。
宇宙語が分かるのだ。ジイジは北斗の目を見てその時、分かったのでした。
「北斗、まだ眠いのかな。」ジイジが優しく呼びかけました。
「よくお聞き、君はスケール号の艦長なんだ。すごいだろう。北斗は艦長、艦長は北斗。北斗は天才、天才は北斗。」
最後は歌うようにジイジは節をつけて話ました。
「北斗は艦長、艦長は北斗。北斗は天才、天才は北斗。」ぴょんたがジイジを真似て歌いました。
「北斗は艦長、艦長は北斗。北斗は天才、天才は北斗。」もこりんがそれに続きます。
「北斗は艦長、艦長は北斗。北斗は天才、天才は北斗。」ぐうすかも歌い始めました。
スケール号の中は北斗艦長を讃える歌の大合唱が響き渡りました。
「艦長が目を開けたでヤす!」最初にもこりんが声を上げました。
「艦長が目を覚ましたダすよ!」ぐうすかも大喜びです。
「艦長、帰りましょう。」ぴょんたは耳をパタパタさせて北斗の上を飛んで見せました。
「君は艦長なんだよ、北斗。」
北斗はまん丸に見開いた目をジイジに向けています。
「何も知らなくていいんだよ。初めてなんだがからね。」
ジイジは北斗の目から伝わってくる言葉に答えているのです。
「大丈夫だよ、ジイジも艦長だったんだ。だから言うとおりにしてごらん、スケール号はその通りに動くからね。」
北斗の口元が少し笑ったように見えました。
ジイジはそれから北斗の目の中に入って行くように心を集めて、スケール号の操縦方法を教えてあげるのでした。それはジイジにも、考えるだけで伝わる宇宙語の感触を全身で味わう初めての経験でした。でもそれは北斗にも同じだったわけではありません。北斗は生まれた時から宇宙語そのものだったのです。
ジイジはスケール号が言った意味が分かるような気がしました。
「赤い操縦桿を握って、スケール号跳べ!って言ってごらん」
「はふー」北斗が声を上げました。
「ゴロニャーン」スケール号が反応して一気に屋根をすり抜け大空に舞いあがったのでした。北斗艦長はまだ操縦かんを握れません。まだとっても手が小さいのです。でも北斗の真っ黒の目は、思うだけで操縦かんを動かせるのです。それが宇宙語だとジイジは思いました。
「やったやった!」スケール号の中は大騒ぎです。
「はㇷはやー」北斗が両手を振って言いました。手はまだ自分の耳にやっと届く長さなので握りこぶしが耳たぶを押し上げます。
「さあ艦長は、総員位置につけと言ってるぞ。諸君。」ジイジは艦長だった昔の自分に戻ったような気分になって言いました。
「アイアイサー」
「分かったでヤす」
「居眠りしないで頑張るダすよ。」
三匹の乗組員は元気いっぱいです。基地に戻るのが嬉しくてならないのです。
「北斗艦長、よくやった!君は本当に艦長なんだ!」ジイジはしっかりと北斗の目を見ながら言いました。
「さあ、みんなの基地に戻ろう。君にはもうできるよ。基地に帰ろうと言えばいいだけだ。」
「はふー」
「ゴロにゃーン」スケール号の気持ちが鳴声にも表れています。
スケール号は新しい艦長のもと、ぐんぐん空を飛んで行きました。
あっという間に白いビルが見えてきました。それがスケール号の基地、世界探査同盟の白いビルだったのです。
いつもゆっくりのぐうすかが真っ先に食堂に走っていきました。
「ずるでヤす、ぐうすか。」もこりんが追っかけます。
後ろからぴょんたが長い耳をパタパタさせて空を飛びました。
「ずるいダす、ぴょんた」
追い越されてぐうすかが悔しがりました。でもほとんど同時に三匹はいつもの席に座ることができました。
「変わらないなぁ君たちは。」ジイジが笑いながらやってきました。艦長を乗せた揺りかごがぴったり横についています。
「みんなお帰り」食堂のおばさんがフルーツジュースをお盆に乗せて持ってきました。
「やったー」みんなは大喜びです。
「おなかがすいただろうからね、今日は特別にハチミツたっぷりのホットケーキだよ。」
「ねえね、おばさん。上にクリームとイチゴも乗せてほしいダす。」
「はいはい。それから北斗君はほ乳びんのミルクだったね。聞いてるよ。」
「ふぎゃー、ふぎゃー」突然艦長が泣き出しました。
「ミルク嫌なの艦長?」心配そうにぴょんたが博士を見ました。博士と言いうのはジイジのことです。
「ははは、ぴょんた。君は優しいね。大丈夫だよ。艦長はね、おばさんに早く早くと催促しているだけなんだからね。」
「そうなんだ。」
「いただきます!」
いつもこれが一番うれしい風景だったな。ジイジは思いました。
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