ヌナカワ姫伝説を考古学から読み解くと、残念ながら「八千鉾神との古代のラブロマンス」の可能性は、極めて低いのデス。
八千鉾神=大国主命とするならば、14柱もの奥さんと182柱の子供がいたとされる大国主命だから、ヌナカワ姫とだけに「古代のラブロマンス」もないもんだが( ´艸`)
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上越市の関川河口左岸の丘陵の居多神社には、奴奈川姫と大国主命が祀られるが・・・。
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居多神社境内の奴奈川姫と大国主命の石像。奴奈川姫が抱いているのは建御名方神なのだろうが、大国主命は巨大なアスパラガスを抱いているのか???(笑)
糸魚川と同じく、上越市と妙高市の斐太遺跡群からも山陰系の「四隅突出型墳丘墓」や、青銅器などの威信材が出ておらず、山陰系の土器の破片が少し出ているだけなのだ。
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斐太遺跡公園の管理棟の展示は、国指定遺跡にしては淋しい内容ですなぁ。
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こちらは斐太歴史資料館の展示。
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山陰系の土器とは、山陰の影響を受けた他地域の土器のことであり、可能性としては北陸地方から運ばれてきた可能性が高い。
口碑に、ヌナカワ姫は能登から糸魚川に逃げ帰って来たともあるので、古事記の求婚譚の八千鉾神とは、能登に拠点を置く北陸方面司令官、或いはその傘下の豪族ではなかったか?
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例えば、東映の大ヒット実録シリーズ「仁義なき戦い」での、好色で狡猾な呉の山守組組長(笑)
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山守組長役は、金子信雄さん!
「わしゃぁよぅ、出雲(神戸)から盃もろうとるんでっ!わしに任せておきんさいっ!悪いようにはせんけんのぅ!のっ!ウワハハハッ!」と、出雲の権勢を借りてやらしく迫ってきたので、ヌナカワ姫は逃げた・・・。
余談だが、山守組組長のモデルになった実際の山村組長をよく知る、山口組三代目の田岡組長は、あまりにも金子信雄さん演じる山守組長が実物通りなので、「ありゃホンモンだ。」と唸ったそうだ( ´艸`)
東頚城地方には、八千鉾神から言い寄られたヌナカワ姫が、八千鉾神が醜男だったので嫌って逃亡してきたとの口碑がある。
例えば十日町市の松苧神社には、八千鉾神は祀られておらず、ヌナカワ姫のみが祀られている。
それは柏崎市の黒姫山に「黒姫神」として祀られるヌナカワ姫にも言えることなのだが、八千鉾神の侵攻に敗れ去り、生き残った人々が逃亡した先々で、敗残の哀れとヌナカワ姫の運命を嘆いた痕跡なのかも知れない。
例えばヌナカワ姫の巫女集団や、闘い破れた戦士たちによって・・・。