昨日も体調が回復しないので、病院へ行った。
症状から食中毒と診断され、点滴を打ってもらった。
初めての点滴は、とても長く感じたが、
この症状が完全におさまるのには数日かかりそうだ。
ともかく、ウォーキングはお休みだ。
昨日家で休養するかたわら聴いた曲は、
リヒャルト・シュトラウスの作品である。
1864年生まれの彼は作曲家としてだけでなく、
指揮者としても活躍した。
聴いた曲は1945年に完成した「メタモルフォーゼン」である。
この曲は、副題に23の独奏弦楽器のための習作とあるように、
木管・金管楽器は登場しないので、文字通りで考えると、
管弦楽曲とはいえないだろうが、中・大規模の弦楽合奏曲を
入れる別の新たなジャンルの概念も持っていないので、
ここでは管弦楽曲の中に便宜的に入れておきたい。
この曲を作曲し始めた頃の世界は、
第二次世界大戦の終末に向かっており、
その中で彼にとっての祖国ドイツの敗戦は濃厚となる。
ドレスデンの壊滅、ウィーン国立歌劇場の崩壊など
彼のもとにこの知らせが届いた時、彼はどう感じただろう。
この曲には、彼の愛するべきドイツ文化の風土が
戦争によって失われていくことへの名残惜しさと
惜別の想いがこめられているようだ。
弦楽器だけによる曲とはいえ、表情豊かな音楽で
曲全体はドラマティックな展開になっている。
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の
第2楽章葬送行進曲の主題を中心に、
自作の歌劇やワグナーの作品の主題を
とりまぜながら、自由な変奏と展開していく。
さすがに円熟した彼の技法をみることができる。
「英雄」の葬送行進曲のテーマは、
この作品の最後にようやくはっきりと顔を出す。
ドイツ音楽文化の象徴として、ベートーヴェンを、
そしてその文化終焉の象徴として、葬送行進曲を、
聴き手の記憶にとどめるように最後配置しているのだろう。
最後静かに曲が終わっていくところが、
自分ひとりではどうにもできない個人の無力感を
さびしさとともに、示しているようにも思う。
戦争というものは、単なる勝敗の問題だけでなく、
文化やアイデンティティーの問題につながるとなお悲惨である。
症状から食中毒と診断され、点滴を打ってもらった。
初めての点滴は、とても長く感じたが、
この症状が完全におさまるのには数日かかりそうだ。
ともかく、ウォーキングはお休みだ。
昨日家で休養するかたわら聴いた曲は、
リヒャルト・シュトラウスの作品である。
1864年生まれの彼は作曲家としてだけでなく、
指揮者としても活躍した。
聴いた曲は1945年に完成した「メタモルフォーゼン」である。
この曲は、副題に23の独奏弦楽器のための習作とあるように、
木管・金管楽器は登場しないので、文字通りで考えると、
管弦楽曲とはいえないだろうが、中・大規模の弦楽合奏曲を
入れる別の新たなジャンルの概念も持っていないので、
ここでは管弦楽曲の中に便宜的に入れておきたい。
この曲を作曲し始めた頃の世界は、
第二次世界大戦の終末に向かっており、
その中で彼にとっての祖国ドイツの敗戦は濃厚となる。
ドレスデンの壊滅、ウィーン国立歌劇場の崩壊など
彼のもとにこの知らせが届いた時、彼はどう感じただろう。
この曲には、彼の愛するべきドイツ文化の風土が
戦争によって失われていくことへの名残惜しさと
惜別の想いがこめられているようだ。
弦楽器だけによる曲とはいえ、表情豊かな音楽で
曲全体はドラマティックな展開になっている。
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の
第2楽章葬送行進曲の主題を中心に、
自作の歌劇やワグナーの作品の主題を
とりまぜながら、自由な変奏と展開していく。
さすがに円熟した彼の技法をみることができる。
「英雄」の葬送行進曲のテーマは、
この作品の最後にようやくはっきりと顔を出す。
ドイツ音楽文化の象徴として、ベートーヴェンを、
そしてその文化終焉の象徴として、葬送行進曲を、
聴き手の記憶にとどめるように最後配置しているのだろう。
最後静かに曲が終わっていくところが、
自分ひとりではどうにもできない個人の無力感を
さびしさとともに、示しているようにも思う。
戦争というものは、単なる勝敗の問題だけでなく、
文化やアイデンティティーの問題につながるとなお悲惨である。