ストレスが鬱積して発狂しかけていた昨年(2013年)秋の某日、無性に白濁の硫黄湯が恋しくなり、ストレスまみれの我が身を硫黄まみれにすべく、車を飛ばして日帰りで万座温泉へ向かいました。万座の旅館はどこも魅力的ですが、今回訪ったのは「湯の花旅館」です。玄関に掲げられている「三笠宮殿下御成りの宿」の札が誇らしげですね。
玄関前では木樋の中を湯気を上げながら、浴室に向かって万座のお湯が流れていました。いまからこのお湯に浸かるわけですね。湯気から揺蕩う硫黄の香りに思わず興奮してしまいます。
標高1800メートルという高所なので、まだ秋の景色が展開されていた下界よりも一足どころか二足ほど早く、11月初旬の関東地方にありながら当地は既に冬の気配が色濃く漂っており、空には鉛色の雲が低くたれこめ、羽織るものがないと外に出られないほどの寒さだったのですが、館内ではストーブがしっかり焚かれていたので、玄関の戸を開けた途端に私を包んでくれたそのぬくもりにホッとさせられました。こちらのお宿ではサルノコシカケが象徴的な存在のようでして、帳場前には大小様々な半月状の子実体が並べられていました。
帳場の角を左に曲がって真っすぐ進み、共用の流し台があるところを更に左へ折れて浴室へ。湯治宿らしい鄙びた雰囲気が、温泉風情を醸し出してくれます。流し台の先には、これまた湯治宿らしく自炊室が設けられていました。
こちらのお宿には、「延寿の湯」という縁起の良い名前の男女別内湯と、混浴の「月見岩露天風呂」があるのですが、まずは内湯から入ってみることにしました。
脱衣室前に鎮座する小さなお社はその名も「猿茸大明神」。全館徹底的にサルノコシカケ押しなのであります。脱衣室には籠が並べられた棚が括り付けられているだけで至ってシンプルですが、私が訪れた日のように寒いシーズンにはちゃんとストーブが焚かれますので、寒さを心配せずに着替えられました。
総木造の浴室は伝統的な日本の温泉旅館に相応しい渋くて静寂な空間となっており、板張りの床には浴槽の縁に平行して溝が彫られているとともに、板自体が浴槽の中心を軸にして放射状に張られていました。この板の目や溝は滑り止めの役割を果たしていることに相違ないのですが、単にグルーブを刻むのではなく、それを幾何学模様に昇華させている点は、温泉文化に長い歴史を有する日本の旅館ならではの美学ですね(青森県の温川山荘も同様です)。
なお室内には後年取り付けられた思しきシャワーが1基設けられているのですが、湯治宿のお風呂ですから、おそらく元々シャワーなんて設備は無く、近年になって増設されたのでしょうね。
壁には「たぬき節」というタイトルの歌やら、「草津節」の万座版替え歌(「♪草津よいとーこー、一度はおいで」の草津を万座に替えたもの)やら、「湯の華の宿の炉端は・・・」と詠っている短歌やら、いろんなものが掲示されており、けだし、湯に浸かってご機嫌のお爺さん達はこうした歌を唸って悦に入るのでしょうね。
浴室名の「延寿の湯」とは、この宿のシンボルであり且つ不老長寿の霊薬とも言われたサルノコシカケ(霊芝)にあやかっているらしく、屋外の木樋を流れてきた温泉は、湯口の枡にて霊芝やフジの蔓に触れてから(薬効を抽出させてから?)、湯船へと注がれているんですね。私は漢方薬の世界には疎いのですが、ここで使われているような大きな霊芝って、相当貴重なものであろうことは想像に難くありません。しかも申し訳程度じゃなく、大きな枡にギッシリと敷き詰められているのですから恐れ入ります。湯に触れさせる前にこれらを換金していたならば全部でいくらになっていたのだろう、と発想してしまった私は下衆の極みですね。なお、お宿の説明によればこうした本物のサルノコシカケ湯は日本で唯一なんだとか。硫黄含有量日本屈指の万座の湯に、世にも貴重な霊薬を触れさせることにより、得も言われる薬効を期待しているのでしょう。
浴槽は4~5人サイズで、湯加減は体感で43℃くらい。源泉から供給される温泉が高温であるためか、投入量はやや絞られています。お湯は青みを帯びた灰白色に濁っており、お湯を動かすと沈殿が舞い上がって余計に強く濁ります。日本屈指の硫黄含有量を誇るだけあって、お湯から漂うイオウ臭は強く、口に含むとレモン汁のような酸味収斂と苦味、そしてタマゴ味が感じられました。
続いて屋外の「月見岩露天風呂」へ。露天は混浴ですが専用の脱衣室が無いので、私はタオルで前を隠しつつ脱衣室から一旦廊下に出て、すぐ目の前にある入口の戸を開けて露天へと出ました。周囲のササが目隠しになっている露天風呂は、大きな岩で囲われた岩風呂で、美しい青白いお湯が張られていました。
お風呂の傍では布袋様が微笑みながら入浴客を見守っています。露天からの眺めもまずまずで、この日はガスっていたため遠方視界には恵まれませんでしたが、晴れていれば彼方に連なる稜線を眺めながら湯浴みを楽しむことができるんだそうです。
湯口に木の棒が突っ込まれているお湯の流路は湯の花で真っ白に染まっており、外気の影響を受けるために内湯よりもややぬるい41~2℃という絶妙な湯加減となっていて、お湯に浸かると全身が湯の花まみれになり、お湯も白い濁りが一層濃くなって、恰も牛乳に浸かっている気分が楽しめました。内湯よりも投入量が多く、お湯の濃厚さが五感の全てから伝わってくる素晴らしいお湯でした。
当初の思惑通りに硫黄まみれになり、高原の露天風呂でじっくり長湯してストレスを雲散霧消させようとしていた矢先、鉛色の空からチラチラと白いものが舞い降りてくるではありませんか。当記事の露天の画像には白い斑点が写っていますが、これは紛れも無く雪でして、その後降りが急に強くなり、辺りの笹原には忽ち白い化粧が施されてしまいました。この時の我が車はまだ冬タイヤに履き替えていなかったため、急激に白く染まってゆく万座の景色に恐れをなし、長湯したい気持ちを抑えて、慌てて退館することに。実際にその1時間後、国道292号(志賀草津高原ルート)は雪で通行止めになったのであります。早く出発して正解でした。次回はゆっくり浸かりたいなぁ。
ラジウム北光泉
酸性・含硫黄-マグネシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉 76℃ pH2.5 蒸発残留物1.42g/kg 成分総計1.39735g/kg
H+:3.2mg, Na+:122mg, Mg++:106mg, Ca++:35.1mg, Fe++:1.65mg, Mn++:5.9mg, Al+++:5.5mg,
Cl-:128mg, SO4--:792mg, HSO4-:8.58mg,
H2SiO3:117mg, H2S:41.8mg,
加水加温循環消毒なし
軽井沢駅・中軽井沢駅・万座・鹿沢口駅より西武高原バスの浅間白根火山線で「万座温泉」下車、徒歩10分(冬季のバスは万座バスターミナルまでの運行)
群馬県吾妻郡嬬恋村大字干俣2401 地図
0279-97-3152
ホームページ
日帰り入浴10:00~15:00
700円
シャンプー・石鹸あり、他備品見当たらず
私の好み:★★★