今日は、ほんとうになつかしい方にバッタリと出会った。
調布の喫茶店で、仕事の話しが終わり、出ようとしていた時のできごと。
一瞬、お互いに「あっ。」といってから、5秒くらい。頭の中をどこで出会ったっけ? という言葉が駆け巡る。
そして、出てきたのが「先生。」
名前は? と考えたけど、名字は出てこなくて、「MARIKO先生」
娘が4歳まで通っていた保育園の担任の先生だった。
引っ越して、その後は、別の保育園に通ったので、なんと27年ぶり!
今は高尾に住んでいらっしゃるとのこと。今日はたまたま調布にいらしたのか聞いたところ、なんとそこで個展を開いていたのだった。
その喫茶店は、「画廊喫茶サンマロー」といって、いつもいろいろな方が個展を開いている。
絵をよく見ると、「MARIKO」とサインが入っている。
MARIKO先生のことで、覚えていることがある。
娘が、まだ3歳の時に、自転車とぶつかって、腕を骨折したことがあった。
それでも、会社で仕事をしていた私は、保育園に預けて働いていた。
3歳といえば、まだ一人で着替えるのも大変な歳だ。そんな頃、娘は先生に、洋服を着るのは、こうやるんだって、教えたというのだ。
骨折した方の腕から先に通して、痛くない方の腕をあとから通す。
それを聞いて、こんなに小さいのに、なんてよくできるんでしょう、と感心したと当時先生は話してくれた。
調布の喫茶店で、仕事の話しが終わり、出ようとしていた時のできごと。
一瞬、お互いに「あっ。」といってから、5秒くらい。頭の中をどこで出会ったっけ? という言葉が駆け巡る。
そして、出てきたのが「先生。」
名前は? と考えたけど、名字は出てこなくて、「MARIKO先生」
娘が4歳まで通っていた保育園の担任の先生だった。
引っ越して、その後は、別の保育園に通ったので、なんと27年ぶり!
今は高尾に住んでいらっしゃるとのこと。今日はたまたま調布にいらしたのか聞いたところ、なんとそこで個展を開いていたのだった。
その喫茶店は、「画廊喫茶サンマロー」といって、いつもいろいろな方が個展を開いている。
絵をよく見ると、「MARIKO」とサインが入っている。
MARIKO先生のことで、覚えていることがある。
娘が、まだ3歳の時に、自転車とぶつかって、腕を骨折したことがあった。
それでも、会社で仕事をしていた私は、保育園に預けて働いていた。
3歳といえば、まだ一人で着替えるのも大変な歳だ。そんな頃、娘は先生に、洋服を着るのは、こうやるんだって、教えたというのだ。
骨折した方の腕から先に通して、痛くない方の腕をあとから通す。
それを聞いて、こんなに小さいのに、なんてよくできるんでしょう、と感心したと当時先生は話してくれた。