どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

思い出の短編小説『悪童狩り』(7)

2022-07-06 00:36:38 | 短編小説

 立ち入り禁止の柵に沿って築山を半周すると、裏側に隠れた少年たちの動向が分かりそうだった。
 数馬は、いつになくゆっくりと足を運びながら、自分の気持ちがいささかの方向性を持つのを待った。
 いまはまだ、道がそこへ向かっているから進んでいるだけだ。言ってみれば、道の意思だ。
 まもなく道は築山にぶつかり、右に大きく曲がる。そこから左回りの円を描きながら、ロープに沿って丘の裏側に回りこむか、途中から分かれて東側の出口に向かうか、いわば岐路に立たされる瞬間が来る。
 数馬は、首を左に曲げて築山の天辺を見やりながら、ほどなく岐路に差しかかろうとしていた。
 「おまえは短気だから、何かする前に深呼吸をするんだぞ」
 父親からも、母親からも、同じような意味のことをよく言われたものだ。
 注意されたからといって、素直にいうことを聞いたとは思えないが、この齢になるまで頭の片隅に残っているところをみると、自分なりに納得するものがあったのだと思う。
 昭和を生きてきて、どん底から絶頂期まで、多くの日本人と同じ苦楽を味わってきた。数馬とて、田舎に疎開して、空腹にさいなまれ、いじめに泣かされた記憶を忘れたわけではない。
 だが、終戦からしばらく続いたどん底の時代の方が楽しく、むしろバブル期の絶頂が苦々しく思われるのは、どうしたことか。それぞれの時代が、彼の幼年期と壮年期に当たっていたという年齢による感受性の違いなのだろうか。
 そんなことを、いまさら検証する気はないが、近頃の若者は<なにが幸せか>を嗅ぎ分ける感受性さえ失くしている気がするのだ。
 岐路に至ったとき、数馬は大きく息を吸い、息を吐いた。
 体は左を向き、出口への道と決別して、丘の裾をめぐる道に進んだ。
 案の定、築山の八合目あたりに、少年たちはいた。
 裏側はやや急傾斜になっていて、油断するとすぐに滑り落ちそうな坂なのだが、一部分だけ鞍のように盛り上がった場所があり、そこに四五人の少年が尻を寄せ合って坐っていた。
 少年たちは、所在無げに空を見ていた。いましも誰かが吐き出したタバコの煙が、彼らの頭上に漂った。
 指に挟んだタバコを次々に回しながら、みな倣ったように、天に向かって煙を吹き付ける。
 ふてぶてしいように見えて、幼い感じのしぐさが、数馬の心をほぐした。
(変だな・・。こいつら、芝を踏みつけたうえに、タバコを吸ってるんだぞ)
 数馬は、喉元に噴き上がってくるはずの怒声を捜して、戸惑った。
 不如意なまま下から見上げていると、まもなく気付いたひとりが仲間のわき腹を肘で突いた。
 五人が、いっせいに数馬を見下ろした。
 視線が絡み合い、互いに様子を窺う沈黙の時が流れた。
 数馬はふと、出がけに黒猫とすれ違ったときのことを思い出した。
 あいつとは、何度も対峙する機会を持ちながら、避けてきてしまった。あの黒猫のように、いま数馬を見つめる少年たちの目の中に、こちらの出方を見定めようとする好奇の色が現れている。
 ここで声をかけなければ、相手と通じ合える機会は二度と訪れない。
「キミたち、わしもそこへ行くぞ」
 少年たちを包む空気が、ほんの少しざわついた。

   (続く)
 

 

(2006/01/31より再掲)

 

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