山手線ウグイス色の車体
「あの頃ナウ」(ミドル・エッジ)より
図書館を出て 高架線沿いの道を歩いていると
黄色に色づいたプラタナスの葉が ハラハラと肩に降りかかった
ああ こんなに秋は深まっていたのか
都会にありながら 繊細さを忘れない植物に溜め息を漏らした
ガタンガタンと音がして 電車が近づいたのはその時だ
見上げる目に映ったのは やわらかい緑色の車体だった
(あれ?) いつも見る光景と何処か違うのだ
僕は違和感を覚えて 近づく車体に目を凝らした
車窓にはびっしりと人の顔 まじまじと見つめる僕
あっ お祖父ちゃん それにお祖母ちゃんも
何しに来たの こんな季節に・・・・
ふる里で野辺送りしたのは もう何十年も前だったのに
サチオ迎えに来たよ 東京はいよいよ危なくなったらしい
窓越しに話しかける声が 鼓膜に降り積もった
お前はすでに 二度死にかけた
今度が三度目だから エリアを超えて教えに来たのだ
いったい何が起こるの 危険はいつ来るの
僕が確かめようとしても こちらからの声は届かない
電車はゆっくりと通りすぎ 別の車両の窓には見知らぬ顔
誰もが無表情で 都会をテーマにした寸劇のようだ
それにしても 火薬を詰めた金属パイプを火にくべたことを
ジジババは よく覚えていたものだ
また川で溺れて 救急車で運ばれたときのことも
どれほど心配させたのか この日の知らせでよくわかった
東京は危なくなったらしいとは 誰の予告なのか
あの世には あの世の情報網があるのだろうから
ジジババの愛情を 信じるほかはない
五十年も前の電車に乗って 西方からやってきた必死さを
ウグイス色の山手線電車は 東へ向けて去ろうとしている
環状線だから ジジババはいずれ西へ戻るのだろうが
僕が東京を離れたら もう二度とこのような形では会えなくなる
新幹線のように キューンと通過する駅だったらどうするのか
過去から来た電車は 無言で流れる
ジジババのメッセージには どんな意味があるのだろう
大雨や洪水 それに土砂災害や火山噴火
東京より地方の方が危険と思われるのに なぜわざわざ
僕の頭の中では さまざな手旗信号が振られている
『八点鐘が鳴る時』のフィルムが 目まぐるしく回転する
カラカラと空まわりして リールが慣性を止めるとき
過去から来た電車も ゆっくりとフェードアウトすることだろう
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