どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

リュウの憂鬱(6)

2006-10-12 11:42:11 | 短編小説
 真木男は、職員用の駐車場と思われる辺りを目で探ったが、人影はなかった。
 自動車が数台停まっていて、その中の一台が見覚えのある黒の軽自動車であることに気が付いた。
「あの男って、もしかして・・・・」
「そうよ、リュウちゃんのお父さんよ。丸刈り頭の後ろ姿で分かったけれど、もう居ないでしょう?」
「うん、誰も居ないよ」
「じゃあ、通用口から入ったんだわ。アブナイ、アブナイ」
 その場に留まっていると、いずれ見つけられる恐れもあるので、すぐにクルマを出した。
 フラワーセンターに立ち寄って、さまざまの鉢植えを見て回った。だが、心ここにあらずで、話題はすぐにリュウの飼い主のもとに戻った。
「あの男が、保健所の職員だったなんて。・・・・何かの間違いじゃないのかしら」
「だって、あの自動車から降りるところを見たんだろう?」
「間違いないわ。・・・・あなた、後でなんとか調べてみて」
「たしか家には表札もなかったし、名前が分からないんだよな・・・・」
「何か手がかりはないの?」
 秋の草花は、春夏ほど華やかではなかった。リンドウ以外はあまり心を惹かれるものもなく、早々にフラワーセンターを出た。
 真木男は、帰りがけに市役所に寄った。
 助手席に妻を残して、ひとり市民課に向かった。
 住民台帳の閲覧を申し込むと、あっさり応じてくれた。
 後年プライバシー問題が煩くなって、台帳等の持ち出しが厳しくなったが、その時はまだ扱いが緩やかで、会議室用の長テーブルを挟んで、ひたすら氏名を書き写す中年の男女が、一組先客として座って居た。
 真木男は、自分の住所を参考に、隣接するリュウの飼い主の住民登録の有無を調べた。永住者がすべて登録して居るわけでもないから、もしかしたら探し出せないかもしれないと思い始めたとき、リュウの家の戸主名らしきものに辿りついた。
 真木男は、先刻くすねておいた申請用紙の裏に、その名を書き写した。住所も書き足した。彼の山荘の周辺で、一人だけの世帯は一軒だけだから、たぶん間違いないものと判断した。
 いったん家に戻って、念のためにリュウの小屋を見回った。眠っていたリュウが立ち上がって、ぼんやりと真木男を見た。
「リュウ、おまえと遊べないけど、ごめんよ。・・・・気を持たせるばかりで悪いな」
 しゃべりかけながら,郵便受けを目で探したが、どこにも見当たらなかった。
(どういう生活をしているんだろう?)
 ひとつ疑問が湧くと、すべてが怪しく思えてくる。探偵まがいの詮索をするのは好きではないが、飼い犬への虐待を疑われる男が、動物を保護する立場の職業に就いているらしい事実に行き当たって、俄然興味を掻き立てられたのである。
 さまざまに知恵を絞ってみたが、結局、事情を最も知る保健所の職員に訊くのが早道だという結論に落ち着いた。
 それも、電話で聞き出そうなどという姑息な手段では、不審に思われるだけだ。こちらも顔をさらして、正面からぶつからなくては何の解決にも結びつかないと覚悟を決めた。 真木男は、山荘への滞在を予定より数日延ばして、調査に当たることにした。
 真っ先に頭に浮かんだのは、先日親切に応対してくれた若い職員の顔だった。若いといっても、そろそろ三十歳にさしかかろうかという年恰好だから、事情を説明して相談すれば、リュウのためにも好い結果が出るのではないかと思った。
「やだなあ。万が一うちからのご注進だなんて分かったら、何をされるか分からないわよ」
「まさか、そんなことはないだろう。・・・・それに、どこの誰とは名乗らないし、十分に口止めもしておくよ」
 妻は最後まで渋ったが、とりあえず電車で先に東京へ帰ることになった。
「あなた、油断しないでよ。怖い人かもしれないからね」
「うん。わかった、わかった」
 面倒くさそうに受け流したが、電車を見送って一人になると、朝夕の食事のことも含めて急に心細い状況に置かれたことを実感した。
 それでも、独りになって覚悟が決まったせいか、真木男は頭で考えたとおりの行動をとった。保健所の駐車場にクルマを乗り入れ、職員用のスペースに黒い軽自動車がないことを確認してから、<衛生>部門を担当するカウンターに直行した。
 保健所の若い職員は、真木男のことをよく覚えていた。
「ここでは話し辛いこともありますので、ちょっと外で聞いていただくわけにはいきませんでしょうか」
 もうすぐ昼時というタイミングを見計らって訪問していたので、その誘いも真木男の計算どおりだった。
 若い職員は、腕時計を確認して、「いいですよ」と微笑んだ。正面の係長らしい年配者にひとこと断りを入れて、通用口のある方向に歩き出した。
「あの、わたし、向こうに停めてありますので・・・・」
「お車ですか。でも、散歩がてら歩いてみませんか」
 促されて、真木男も職員の後に付き随った。
「どんな場所がいいですか」
「いやあ、ゆったりした喫茶店でもあれば、そこへご案内しようかと思っていたのですが・・・・」
「それなら、カトレヤにしましょうか」
 意外に短時間で、目的の喫茶店に到着した。

   (続く)

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