吉祥寺と三鷹を結ぶこの道は
季節を問わず風が通り抜ける
晩い春にはサクラの花びらが舞い
ときには着物姿の山本有三が
道路際に建つ洋風の記念館に入っていく
風の散歩道と名付けられたこの道は
初夏には着流しの太宰治が懐に手を入れて
三鷹の方向から所在無げに歩いて来る
進行する病を慈しみ尽くしてくれる女を疎みつつ
一顧だにしない文壇の有力者を呪う日々
時はときどき時間を遡行する
『路傍の石』の吾一は現代の家庭に甦り
崩壊する家族の先駆者となる
血縁の糸は細くともつながるが
愛と憎しみは同じ糸をたどって衝突するのだ
『人間失格』の太宰治は時代の寵児になった
なのに何故死ぬ気になったのだ
三人の女への愛の揺り戻しだったのか
グッド・バイと呟きながら己の文学の死を悟ったのか
跨線橋から見る玉川上水の緑を懐かしみながら
夏目漱石の長女筆子をめぐって
松岡讓と久米正雄の恋の鞘当てが見苦しくなった夏
久米と反りの合わない山本有三は
三角関係を中傷する手紙を持ってポストをめざした
代筆させた妻への負い目をも振り払って
風の散歩道には薫風がよく似合う
それなのに順風から舞い降りた太宰は
深夜になぜ女と連れ立って玉川上水をめざしたのだ
繰り返す心中未遂事件で自分だけが生き残った
今度こそ山崎富栄の意地に引導を渡されたのだろうか
風は秋も冬も吹き抜けるが
いつも爽やかとは限らない
作家がふたり焦燥に駆られて通ったこの道は
おぞましい業が往来するヤクザな風の道
風吹かれ鴉を憐れんで木枯らしが啼く日もあるだろう
(『風の通り道』2015/04/04より再掲)
蒼々たる作家たちが行き来したんですね。
他の道とは違う何か”おぞましい業が往来する道”だから、この人たちを惹きつけたのでしょうね。
というわけで、現在の作家の作品からは別の要素を引き出すしかない。
それが面白いかどうか、読み手によって受け止めが違うのだと思います。