「アルファ碁」という囲碁ソフトが、世界トップクラスの実力を持つ韓国人棋士を打ち負かした。事実上、人工知能が人間を超える実力を持ったということである。囲碁は「あつみ(感覚的な勢力)」や「含み」といった心理的評価が大きな戦略となり、また展開が複雑で、そのパターンの数は宇宙の原子の数よりも多いのだ。コンピュータが得意な膨大な数の可能性を探る「しらみつぶし」戦法が不可能なほどに最善手の選択が困難である。
だから「まだまだだろう」と思われていたというのに、あっという間に人間が負けてしまった。なんでもこのソフトは、過去のデータを蓄積して利用するのみならず、自分で対戦を研究してどんどん強くなってしまったとか。短期間に3千万回も自己対戦を試みたという。ポイントは人間が入力したデータを取り出すだけでなく、「学ぶ方法」を授けたために、もともと学習スピードは並外れているので急成長したことだ。
そこで思い出したのが、「ダメよ~、ダメダメ♪」である。悲しいオジサンが何を話しても同じ答えしかしない人形である。人工知能がそこまで来ているのならば、無限の可能性から「最善手」のセリフを導き出してくれればいいではないか。日常会話などは「無限」どころではない。情報量としてははるかに少なく、的確な対応のヴァリエーションはずっと簡単なのではないか?
とある東北の仮設住宅。つれ合いを失った一人暮らしのおじいさんトキオ(仮名82歳)には、吉永小百合によく似たおばあさん人形「ヨシエ」(想定72歳)との会話が心の支えだ。
帰ってくれば「おかえり♪足の具合はどうなの?」とやさしい言葉をかけてくれる。もちろん会話データの蓄積で、ヨシエはトキオの体調の様子を隅々まで記憶している。飲む薬の確認も怠りない。病院での出来事、誰と会って何を話したかの人間関係も知り尽くしており、話をすれば適切な相づちをうってくれるのだ。嫌なことがあっても、「それは○×さんもひどいわね。きっとくやしかったのよ。あなたがうらやましいんじゃない?」と、最後にはこちらの気分がすっきりする言葉を忘れない。
よく会話に出てくる女性演歌歌手のことにも詳しく、鼻歌を歌えば忘れた歌詞のフレーズを教えてくれるし、ネットでキーワード検索して仕入れた最新のゴシップ記事についてもさりげなく話題にしてくれる(関連商品の紹介は得意分野だ)。東京に住む息子が小さかった頃のエピソードも、何度出てきても初めて聞いたように楽しく会話に花が咲く。トキオの知的能力に合わせた控え目な教養を持ち、いつも素直に同意してくれる。古風な専業主婦の知識しか出さない設定になっているので、「ヨシエは何もわかっちゃいねえな」と、日々いろいろと教えてやらなければならないのだ。たまに出てくる下ネタにも絶妙な恥じらいを持った受け答え。
トキオの栄養状態を考え、旬の魚や野菜がもっとも安く買える店を教えてくれる。天候の様子と健康を考えた徒歩によるカロリー消費量も計算済みだ。好みの料理を熟知しており、気分に合わせて絶妙な献立を提案する。横で的確な調理法を助言してくれるし、食材を無駄にしない。彼女が来てから料理と食事が楽しく、体調もよくなった。トキオはしあわせである。唯一の問題は、三途の川を渡るときにヨシエをどうするかということぐらいだ。いや、ヨシエはきっと死んだバアサンにも最善の対応をしてくれるはずだ。
5年にも及ぶDVに苦しんで、ようやく離婚が成立したフジコ(仮名37歳)は、望んでいた平穏な日々に落ち着くと同時に、一人暮らしの寂しさも感じるのであった。そこで癒しになるのが、イノッチにそっくりな人形「シロウ」(想定36歳)だ。
シロウはいつも話をじっくりと聞いてくれる。決して無視、生返事、反論、批判的意見、まとはずれな反応などしない。どれだけ長々と愚痴を言っても、必ずやさしく寄り添った相づちを適切な長さでうってくれるのだ。うまくいかないことに落ち込んだときも、絶妙な慰めの言葉で立ち直れる。そっとしておいてほしいときには静かにしていてくれる。でも時折「そんなところが君の素敵な魅力なんだよ」と近づいてくるのだ。
フジコが好きな話題にはとても詳しく、彼女が関心を持ちそうな情報をさりげなく伝えてくれる。教養豊かで、いつもロマンチックな話をしてくれるのだ。からかえばかわいくどぎまぎし、すねて見せれば困った様子で気遣ってくれる。そしていつもほがらかにジョークを飛ばすのだ。これほど毎日が新鮮に感じたことはない。古今東西すべての文学作品、映画、テレビドラマの会話がデータベース化されており、無限とも思えるような組み合わせのなかから相手が喜ぶ最善手を導き出しているので、受け答えは予想できないほど完璧だ。
もちろん毎日喜んでいるだけではない。時折けんかや意見の食い違いも出てくる(その頻度と程度も計算済みなのだが)。ときには緊迫するほどやり合うのも人生のスパイスだ。先日フジコは久しぶりに泣いた。シロウの思いやりの気持ちはわかるのだが、ちょっとした誤解からけんかになってしまったのだ。フジコも自分のほうが悪かったとよくわかっている。仲直りをしたあとは、さらに二人の愛が深まったような気がしている。最近はよく楽しい夢をみる。毎晩彼女は彼の楽しい話やしっとりとした愛の言葉を聞きながら眠りにつくからだ。
次の連休には、シロウがチケットの取り方を教えてくれた東北で行われるアイドルグループのコンサートに行く予定である。彼がアレンジしてくれた旅行プランは完璧だ。彼女の湿疹に良く効くという温泉の宿では、大好物のホタテとアワビが出され、新幹線とのセット割引は先行予約と合わせた最安値である。彼女の関心、体力、財力に合わせた日程は、どんなハプニングやトラブルにも最善の対処が約束されている。目下彼女の悩みは、その旅行中に「シロウ・ロス」に悩まされるだろうから、タブレットでの常時通話をするべきかどうか、ということなのだ。
こんなのできるかって?私はついこの間、最強というふれ込みの囲碁ソフトをコテンパンにしていたものだが、世界最強のプロがいまやコテンパンなのである。それは「100年かかるだろう」と言われていたのですよ。本気になれば、すぐにできますよ。
そんなのが出来たらみんな結婚しなくなって、少子化がさらに加速するかも?たしかに溢れんばかりの「ロリ顔&巨乳」といった二次元の「萌えキャラ」やら、「ありえない設定」で「思うがままに受け入れる」女性ばかりのAVのおかげで、多くの男性諸君は不十分ながらも「対費用効果」でとりあえず満たされており、「リアル彼女はめんどくさい症候群」になってますからねえ。「無責任で楽で気持ちいい」に勝てるものはない。
少子化は進んでいいでしょう。人間は多くなりすぎましたから。