伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

いつもそばにいるよ

2009-07-08 00:00:59 | 小説
 会社に3日間泊まり込んで仕事を続けた挙げ句7階から転落した死体で発見された建設会社営業職の死の真相をめぐって、過労自殺を主張する妻とそれを否定しようと組織ぐるみの隠蔽工作を続ける会社側の戦いを軸に、談合や行政との癒着を進める建設会社と、そこに勤める従業員の苦悩を描いた小説。
 基本的には陰謀体質の企業・管理職とそれを暴こうとする者の確執を描くという社会派的な作品のはずですが、語り手が死んだ社員の幽霊という設定がとぼけ味を出してユーモラスな印象になっています。タイトルは、その幽霊の語り手が、家族や自分の味方となってくれる同僚たちに語りかける様子から取られています。
 過労死についてはそれなりに取材した跡が見られますが、終盤の軸になる裁判シーンが、あんまり。おそらくはアメリカの刑事裁判ドラマか、それを安直に模倣した日本のドラマのイメージで書いたのでしょう。民事裁判の法廷で終始、公判とか弁護人とかの刑事裁判用語が用いられ(民事裁判ではそれぞれ口頭弁論、代理人)、準備書面や証拠説明書もなくいきなり法廷で主張を始め、それに相手方の弁護士が(証人尋問でもないのに)「異議あり」と叫んだり、それに裁判所が異議の理由も言わせずに異議を認めたり(238~239ページ)、次の期日を決めるのに裁判長が弁護士を近くに呼び寄せたり(244ページ)、証人尋問中に予告なく突然新たな証拠を出したり(268ページ)、事前に申請していない「在廷証人」を尋問したり(325~329ページ)と、日本の民事裁判ではまず見られないか、少なくともやってはいけないとされていることのオンパレードです。面白くするために敢えてやっているのか、単に無知・取材不足なのかわかりませんが、これだけ実情からかけ離れられるとまじめに読んでられません。


江上剛 実業之日本社 2009年1月25日発行
月刊「J-novel」2007年11月号~2008年8月号連載
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

虚夢

2009-07-05 23:16:06 | 小説
 4年前、統合失調症の青年藤崎の連続通り魔殺人事件で娘を殺され、自身も深手を負った佐和子と、事件後人が変わってしまった佐和子と離婚した元夫三上が、ネットカフェを転々とする藤崎を発見し、佐和子は藤崎が自分を殺そうとしていると取り乱し、三上は佐和子を落ちつかせるために藤崎の監視を続け・・・というストーリーの小説。
 精神病者による犯罪の不起訴と納得できない被害者という、マスコミの大好きな話題を取りあげ、大勢に沿った展開をしつつ、バランスを取るために三上の友人の精神科医師松岡を登場させて苦渋の説明をさせています。
 佐和子の狂気と思惑が作品のキーポイントになっていますが、作者のこの問題提起、精神科医が読んだらどう思うんでしょうか。
 佐和子はもちろんですが、事件現場にいなかったのに娘を救えなかったと苦しむ三上のトラウマとすでに別れた妻の取り乱す様子を見て救いたいと切実に願う様子は、痛々しく涙ぐましい。そして藤崎と情を交わして逃避行を共にするキャバクラ嬢のゆきの人生と思いがまたさらに切ない。
 メインテーマの扱いは技巧的な点も含め必ずしも私は共感できませんが、それぞれの人物と生き様には感じ入るものがありました。


薬丸岳 講談社 2008年5月22日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小さな講演会2 向上心について

2009-07-04 23:12:43 | 人文・社会科学系
 哲学者が、哲学とはものごとの本質を探究するもので、人間の本質は向上心にあるということを語る講演会をとりまとめた本。
 子どもを対象とした講演会なので、哲学者とは「難しい(抽象的な)」ことを好みわかりたいという欲望が哲学の原動力であり、子どももまた(自分にとって)難しい困難なことを好んでそれを乗り越えることで成長していくのだから、子どもは哲学に向いていると、アピールしています。
 そして人間を特徴づけている、人間を人間たらしめているのは向上心、大きくなりたいという欲望であること、限界がある中で技術を身につけて向上していくことの大切さを論じています。同時に征服や蛮行もまた向上の名の下に行われることから「上を目指すこと自体がいいことだとは必ずしも言えません。でも、いいことというのはすべて、自分を高めたいという欲望に関わっているのです。」(110ページ)と結んでいます。向上心で悪いことが起こることもある、でも向上心を捨ててはいけないというところですね。
 向上心の対極として怠慢があり、ある程度の怠慢は避けられないししばらくさぼることで向上心が復活するけれども、テレビによって人の怠惰・怠慢がますます助長されていると戒めています。「テレビは、結局のところ怠け心をますます助長してしまい、見ている人に何もいいことをもたらさないどころかどんどん愚かな存在にしてしまうように思えてなりません。」(51ページ)。哲学者にとってテレビは敵というところでしょう。私自身、最近はテレビはほとんど見ていないのでわかりませんし、むしろ今後はインターネットの方がいい、テレビなんて見ないという子どもが増えるような気がしますけどね。


原題:DES PIEDS ET DES MAINS
ベルナール・スティグレール 訳:メランベルジェ眞紀
新評論 2009年5月10日発行 (原書は2006年)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小さな講演会1 恋愛について

2009-07-04 01:28:34 | 人文・社会科学系
 フランスで子供たちを対象に行われている定期講演会のうち、哲学者が恋愛について語った回をとりまとめた本。
 講演の中心に座っているのは、「愛」の絶対性。「愛している」というのは「いわば完全表現で、それ以上何も付け加えることはできない」(21ページ)、量や程度を示せるのはまだ愛ではない(23~24ページ)、(ゲーム機を持っているとか金髪だとか)愛している理由が言えるのは愛ではない(29~30ページ)、人を愛するとはその人にただ存在していて欲しいということ(32ページ)とか、言っていることはわかるけどずいぶんと観念的。哲学者が愛を語るのですから、当たり前とはいえますが。
 愛を言葉で語ることの難しさと、「恋してる人の態度や行動は、その気持ちを雄弁に物語っている」(62ページ)とかの方が、愛する人の喜びと切なさを実感させます。
 質疑では、愛においては、与えることと求めることははっきり区別することはできない、見返りを求めない愛は難しい(52~53ページ)って、あるべき理想論から離れた議論も展開しています。こっちの方が読む側には興味深いところです。


原題:JE T’AIME, UN PEU, BEAUCOUP, PASSIONNEMENT...
ジャン=リュック・ナンシー 訳:メランベルジェ眞紀
新評論 2009年5月10日発行 (原書は2008年)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天井に星の輝く

2009-07-03 00:54:53 | 小説
 乳癌の母と2人暮らしの13歳の引っ込み思案の少女イェンナが、憧れのサッカー選手の上級生サッケへの想い、親友のスサンナとの友情と軋轢、大嫌いな美人で人気者の同級生ウッリスとの確執と交遊を通じて、様々な心の揺れを見せながら変わっていく様子を描いた青春小説。
 大好きだった母が病状が悪化して変わっていく様子への嫌悪感と、嫌悪している自分への嫌悪感に挟まれて揺れるイェンナの思い。母と2人の生活に割り込んできた祖父母、特に祖母への嫌悪感と、祖母の愛情への気付き。そして美人で人気者で軽薄で尻軽なウッリスに抱いていた嫌悪感が、アル中の母を持ち実は寂しがり屋のウッリスが見せる意外な優しさと素直さにほどけていく様子。素直に一直線には進めない思春期の情緒不安定な心の変化/成長が、切なく描かれています。イェンナとウッリスの接近に反感を持って離れていくスサンナが、さらに切ない感じもしますが。


原題:I taket lyser stjarnorna
ヨハンナ・ティデル 訳:佐伯愛子
白水社 2009年3月10日発行 (原書は2003年)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする