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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!
今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。
7月16日日曜日。
希望舞台の演劇『焼け跡から』の最上町上演が決まりました。
この演目、これまでの記録を見ると、2010年から今年6月まで、全国各地で106回上演されています。
山形県内では今年初めて、河北町、川西町、米沢市、鶴岡市で上演され、11月にも庄内町、山形市での上演が決まっています。
そして、最上町での上演が11月14日に決まったのでした。
希望舞台制作部の玉井徳子さんが松林寺を訪ねてきたのは一昨年の2月でした。
数日前電話があり、来ることになっていましたが、あいにくの猛吹雪で、こんな日に来るのだろうかと思っていましたが何とかたどり着けたようでした。
『焼け跡から』の舞台を震災の被災地の方に観てもらい希望をもってもらいたいとの思いで被災地各地を回っている、気仙沼で三部の名前を聞いて相談してみたらと言われたので来ました、ということでした。
一目見た時から、この人とは波長が合う、と感じました。
ちょうどその日は次の日の涅槃会の団子作りでおばあちゃんたちが集まって団子を丸めていた時でした。
玉井さんにも混ざってもらい、舞台の話もしてもらいました。
被災地各地の情報、山形県内の情報なども話しましたが、いつかこの町でも上演したいものだと感じていました。
『焼け跡から』のストーリーは、終戦後の上野駅から始まります。
復員してきた和尚さんと、浮浪児になってしまった4人の戦争孤児との出会い。
和尚さんが持っていた1個のリンゴを分け合って食べる孤児たち。
「君たちは優しい子に違いない、和尚の寺に来るか」と和尚さんは孤児たちを長野の寺に連れていく。
そこから子供たちのドラマが展開されていく、という内容です。
この物語は実話をもとにしていて、和尚さんのモデルは藤本幸邦老師です。
藤本老師は、シャンティ国際ボランティア会の顧問をされていたこともあり、長野の寺に訪ねたり、何度もお会いした老師です。
「はきものをそろえれば心もそろう」という言葉の発信者でもあり、有名な布教師でありました。
3人の孤児から始まった長野円福寺の活動は、児童養護施設「愛育園」となり、これまでたくさんの子どもたちを育てて来られました。
その中から出家者も出て、恐山院代の南直哉師は藤本老師の孫弟子になります。
ということで、この舞台は私にとって少なからずの縁があり、上演しなければならない責務のようなものを感じていました。
なので、「実行委員長を」という委員会での声を受けざるを得ませんでした。
5月30日の河北町での上演を観たとき、客席の少し後ろで号泣する子どもの声が聞こえました。
どうしたのだろうと思っていましたが、後から聞いてみると、それは小学校低学年の男の子で、舞台のあるシーン、孤児の一人が「防空壕で焼け死んだ両親と妹を自分の手で葬った」と言うのを聞いて、自分がそういう目に遭ったらどうしようと思うと耐えきれなくなって大きな声を出してしまった、ということのようでした。
小さな子どもたちにも十分に伝わる、感動と希望の舞台です。
是非多くの皆さんに観てもらいたいと思います。
希望舞台は、地方を転々としながら巡演する手づくりの演劇集団です。
50年間そのスタイルを貫き通し、その姿は山田洋二監督の『同胞(はらから)』のモデルとなりました。
主演倍賞千恵子のモデルとされるのが玉井徳子さんです。
玉井さんの言葉から
「コンクリートの下に窒息した草や大地があるように、人間の本来の伸びやかな心も行き場を失い窒息してしまいそうです。
でも、ひとりの悲しみがしみじみと皆の心に広がり、ひとりの明るい笑い声がみんなの心を明るくする。その大きな温かさのなかにいると、心が浄化される様な気がします。
絶望と希望が生み出す感動!これが希望舞台の制作の仕事なのです。」
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!
今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。
7月16日日曜日。
希望舞台の演劇『焼け跡から』の最上町上演が決まりました。
この演目、これまでの記録を見ると、2010年から今年6月まで、全国各地で106回上演されています。
山形県内では今年初めて、河北町、川西町、米沢市、鶴岡市で上演され、11月にも庄内町、山形市での上演が決まっています。
そして、最上町での上演が11月14日に決まったのでした。
希望舞台制作部の玉井徳子さんが松林寺を訪ねてきたのは一昨年の2月でした。
数日前電話があり、来ることになっていましたが、あいにくの猛吹雪で、こんな日に来るのだろうかと思っていましたが何とかたどり着けたようでした。
『焼け跡から』の舞台を震災の被災地の方に観てもらい希望をもってもらいたいとの思いで被災地各地を回っている、気仙沼で三部の名前を聞いて相談してみたらと言われたので来ました、ということでした。
一目見た時から、この人とは波長が合う、と感じました。
ちょうどその日は次の日の涅槃会の団子作りでおばあちゃんたちが集まって団子を丸めていた時でした。
玉井さんにも混ざってもらい、舞台の話もしてもらいました。
被災地各地の情報、山形県内の情報なども話しましたが、いつかこの町でも上演したいものだと感じていました。
『焼け跡から』のストーリーは、終戦後の上野駅から始まります。
復員してきた和尚さんと、浮浪児になってしまった4人の戦争孤児との出会い。
和尚さんが持っていた1個のリンゴを分け合って食べる孤児たち。
「君たちは優しい子に違いない、和尚の寺に来るか」と和尚さんは孤児たちを長野の寺に連れていく。
そこから子供たちのドラマが展開されていく、という内容です。
この物語は実話をもとにしていて、和尚さんのモデルは藤本幸邦老師です。
藤本老師は、シャンティ国際ボランティア会の顧問をされていたこともあり、長野の寺に訪ねたり、何度もお会いした老師です。
「はきものをそろえれば心もそろう」という言葉の発信者でもあり、有名な布教師でありました。
3人の孤児から始まった長野円福寺の活動は、児童養護施設「愛育園」となり、これまでたくさんの子どもたちを育てて来られました。
その中から出家者も出て、恐山院代の南直哉師は藤本老師の孫弟子になります。
ということで、この舞台は私にとって少なからずの縁があり、上演しなければならない責務のようなものを感じていました。
なので、「実行委員長を」という委員会での声を受けざるを得ませんでした。
5月30日の河北町での上演を観たとき、客席の少し後ろで号泣する子どもの声が聞こえました。
どうしたのだろうと思っていましたが、後から聞いてみると、それは小学校低学年の男の子で、舞台のあるシーン、孤児の一人が「防空壕で焼け死んだ両親と妹を自分の手で葬った」と言うのを聞いて、自分がそういう目に遭ったらどうしようと思うと耐えきれなくなって大きな声を出してしまった、ということのようでした。
小さな子どもたちにも十分に伝わる、感動と希望の舞台です。
是非多くの皆さんに観てもらいたいと思います。
希望舞台は、地方を転々としながら巡演する手づくりの演劇集団です。
50年間そのスタイルを貫き通し、その姿は山田洋二監督の『同胞(はらから)』のモデルとなりました。
主演倍賞千恵子のモデルとされるのが玉井徳子さんです。
玉井さんの言葉から
「コンクリートの下に窒息した草や大地があるように、人間の本来の伸びやかな心も行き場を失い窒息してしまいそうです。
でも、ひとりの悲しみがしみじみと皆の心に広がり、ひとりの明るい笑い声がみんなの心を明るくする。その大きな温かさのなかにいると、心が浄化される様な気がします。
絶望と希望が生み出す感動!これが希望舞台の制作の仕事なのです。」
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。