Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「日本霊異記の世界」 その5

2024年10月22日 22時32分04秒 | 読書

   

 夕方は「日本霊異記の世界」の第10講「あの世からもどった人、地獄を語る人びと」を読みながらコーヒータイム。多くの臨死体験譚を分析している。

昇天する魂という発想は、土着的な観念からは出てこない特異なものではないか。肉体と魂とを明確に切り離して人間の存在を認識するというような観念は、仏教思想を受け入れる以前に、この列島に暮らす人びとは持っていなかったのではないか・・。・・・ヤマトタケルがクマソタケルを殺した時、体をずたずたに切ってしまったとか、相模の国造を切り殺し、死体に日をつけて焼いたなどと語る「古事記」の伝承を読むと、肉体をそのままにしておくと再生するという観念が存したことは確かめられる。・・・草壁皇子挽歌における天武の霊魂が天空に昇るという認識は、仏教思想が介在することによって初めて生じたものではなかったか。」(第10講)

 第10講は長いのでまだ数ページを残しているが、この指摘はとても興味深い。今読みかけの「古墳と埴輪」(和田晴吾、岩波新書)を読むときの視点として覚えておきたい。

 仕事の終了後、居酒屋で続きを読もうとしたが、店内が薄暗いこともあり、すぐにうつらうつらしてしまった。お酒を飲みながらの読書では申し訳ないので、お酒を飲むことに専念。

 


「日本霊異記の世界」 その4

2024年10月18日 21時39分52秒 | 読書

   

貸したまま戻らなかった債権を取り立てるという話が霊異記に載せられているのは、霊異記がその説話の背景とする八世紀という時代を、もっとも象徴的に反映している・・。金こそすぺてという拝金主義が日本人のなかに初めて芽生えることになった時代に・・・。」(第8講「行基の奇行」)

かつてオウム真理教の教祖と信者たちがマインド・コントロールによる狂気の関係を作り上げていた。そのようなつながりが行基と(説話に出てくる信者の)女人との間に存在したのであれば、ここに描かれているような奇怪な行動も起こり得たかもしれない。完全に否定できないとこめに信仰は成立する。八世紀初頭も現代もそうした心性には変わりがないという点で、常人の目からみれば信仰というのはきわめて恐ろしく危険な一面をもっている・・」(第8講「行基の奇行」)

(貸した金を無慈悲に取り立てる息子に対し)母はおのれの乳房をあらわにして、お前を育てた乳の代価をよこせと迫る。それは、息子との絆を絶対化した母の論理と見做すことが出来る。・・この説話では母の役割、母の力が、銭という別の力によって崩壊するさまが描かれる。現代にも通じる普遍的な家庭崩壊の悲劇が浮かび上がる。それをもたらしたのが霊異記説話を支える仏教思想であった。語られているのは、中国から律令制度が導入されることによって作り上げられた都市型社会の中で生じた現象だった。前代における母系的な、あるいは双系的な家族関係が家父長的制を基礎として律令的な父系社会へと変貌するとによって、母の疎外が生じたということを示唆している。」(第9講「語られる女たち」)

 説話の世界をこのように深く読み込むということは門外漢の私にはとても困難であるが、指摘はとても魅力的である。このような読み方から実に多くのことを知ることができる。

 


「日本霊異記の世界」 その3

2024年10月08日 21時03分17秒 | 読書

   

 本日は「日本霊異記の世界」の第6講「盗みという罪悪」と第7講「悩ましき邪淫」を読み終えた。
 仏教が伝来してくるとともに、これまでの社会のあり様に大きな変革をもたらしたことが説話に反映されているという視点が提示されている。その中で仏教の不偸盗と不邪淫という五戒のうちの二つについて取り上げている。

親子のあいだの金銭や財物の貸借が揉め事に発展するというのは現代社会でも起こりうることだが、財物が個人のものとして認識され、経済活動が優先されるような社会が現れてきた・・。人びとがいちばん敏感に感じている不安に入り込みながら、仏教は日本列島に暮らす人びとの心をつかんでいった・・。・・・八世紀のひとつの姿が象徴化されている。母系的な性格を持つ年老いた母が、律令制度の中で男系的な性格を強める息子とのあいだに軋轢を生じさせるという関係性が読み取れる・・。」(第6講)

(説話にある)母は「生まれつき多淫多情な女で、むやみに男と交わるという性癖をもっていた」とその性格が語られている。この価値観の奥に、母系的な論理が息づいていたとすれば、女が複数の男と関係を結ぶことは、必ずしも糾弾される行動とは言えない・・。律令的な論理によって日本列島全体が均質化されてしまう以前の男女関係が、浮き上がっている。」(第7講)

 列島の社会が母系から男系的な社会に、律令と仏教によって政治権力によって変容させられる大きな軋轢が反映しているのであろう。平安時代まで母系的な社会は続いていることに社会の高い壁が見える。


「日本霊異記の世界」 その2

2024年10月05日 20時09分59秒 | 読書

   

 これまで目を通したことのなかった「日本霊異記」という書物、筆者の三浦佑之は前書きで興味深いのは二つの面が見通せる、として以下のように記している。
① 「神話的な世界との連続性」=「神話と共通する様式や要素がいくつも見出せる」「神話から隔たっているように見え、連続的でありながら断絶」
② 霊異記以前にはまったく見られない話が多数存在し、そこに霊異記説話の本質がある。「伝承説話の主要な母体の一つに「日本霊異記」をはじめとした仏教説話集があった」

 「内包する二面は、発生器という時代を背景にして生まれてきたものだと考えている。その時代はあまりに隔たり過ぎてはいるが、現代社会を先取りしているのではないかと思える姿で、出現する。人は時代や社会を生きているか、霊異記の説話は奇妙なリアリティをもって私たちに語りかけてくる。
 まえがきの最後には「霊異記説話を取り上げるのは、仏教的な教えを見出したり、仏教思想の浸透を考えたりしたいわけではない。わたしが見つけたいのは、説話が描き出す八世紀あるいはその直前の時代の人びとの生きた姿である。
 また9月18日に引用したものとダブルが、「古事記や播磨国風土記に描かれる笑われたりからかわれたりする天皇たちに近いところがある。霊異記に登場する天皇も貴族も普通の人々のフィルターを通して造形化されてきた」(要約)と指摘している。

 これまで私が読む前から持っていた印象の「仏教説話集」という視点は取り払って読むことになる。

 本日、第4講までを読み終えた。第4講の結語が印象に残っいる。

律令制を基盤として社会が営まれ、仏教が浸透して人びとの心に入り込んでいくことによって、血縁的・地縁的共同体が終焉を迎える。神婚神話は、神婚性を保証しえなくなってしまった。両者はいつも往復しながら共存しているとみたほうがよい。「古事記」的な神話世界は、霊異記的な説話が成立したところでは、そのまま行け入れることのできない伝承になっていかざるをえないのも事実なのである。
七世紀と八世紀とのはざまで日本列島に生きた人びとが強いられた変化と、十九世紀半ばに生じた前近代から近代への激動のなかに生きた人びとが強いられた変容とのあいだには、よく似たところがあったのかもしれない・・。


図書10月号 その2

2024年10月02日 20時43分23秒 | 読書

 昨日の続きを夕食後に読んだ。

・一箇半箇の弓聖たち                桐谷美香

・笙の形而上学               ファビオ・ランベッリ

・藤原定家自筆原本「顕注密勘」の出現    小林一彦

・冷たい乙女たち              中村佑子
(智恵子は)愛する高村光太郎が自分に求める虚像のイメージに追いつめられた。智恵子は福島で、ようやく息が吸えたのだろう。東京に空がないのではなく、光太郎との生活に空がなかった。・・・(精神科医の松村幸司は)「光太郎の一人角力によって美意識の中に取り入れられたさまざまの生活の点景の一つとして取り扱われ、智恵子が発狂すると自然のの報によって流れ動く、人間性を失った自然児の如く悲痛な美化がなされた」と分析している。

・婆々友                  川端知嘉子

・「イギリスよ、驕るなかれ」         前沢浩子
18世紀、シェイクスピアはナショナルな作家であると同時に、イギリスの覇権拡大とともに、支配者の言語を代表する帝国主義的な作家となっていった。・・イギリスというナショナルな枠組から解放されたシェイクスピアは、アメリカの誇る文化遺産として世界に向かって威容を見せつけている。文化的ヘゲモニーは常に経済力と背中合わせだ。」

 2編を残しているが、以上の6編で今月号は読了の扱いとしたい。

 


「図書10月号」 その1

2024年10月01日 22時02分12秒 | 読書



 本日の午前中は「トウガラシの世界史」を少々。午後からは「日本霊異記の世界」を持参して横浜駅近くのいつもの喫茶店までウォーキング。しかし満員でかなり騒がしかったので、短時間で店を出た。読書時間は残念ながらゼロ。帰宅途中に立ち寄った有隣堂で「図書10月号」を無量で手に入れた。
 帰宅時は遠回りをしながらウォーキングで帰宅。

 夕食後の読書は「図書10月号」とした。

・花開いた独自性豊かな古墳文化      和田晴吾
日本の古墳の研究者にとって、朝鮮半島諸国を考慮しつつ、時空に大きな隔たりがある中国の葬制との比較を行うには大きな勇気が必要だった。・・・中国葬制の浸透の深さと、政治体制の変化に応じて、独自性のある葬制を作り上げた当時の人びとの想像力の豊かさを知った。

・大河ドラマ「光る君へ」雑感        高木和子

・「源氏物語」から「更科日記」へ      加賀美幸子

・よみがえる「源氏物語」の色        吉岡更紗
ギャラリー内は作品保護も考慮され限りなく照明が落とされていたが、それが平安時代の本来の見え方なのかもしれない。部屋に差し込む日光と夜の月光、ほのかな灯明によって見える重ねられた衣装の色は、当時の人々にどのように映っていたのであうか

・五本の垂直線                マリヌッチ・ローレンヅォ

・プルーストの陶器・暗喩・非決定性     赤木昭夫

・竹田流首実験               フレデリック・クレインス

・祈りの踊り                ギリヤーク尼ヶ崎
ぼくの踊りを見てくれた子どもたちが、地域の伝統芸能を知り、旅に出て、異なる文化にも触れ、新しい踊りを生み出してくれる未来を願っています。

 本日はこの7編で時間切れ。


本日より「トウガラシの世界史」

2024年09月26日 21時51分07秒 | 読書

   

 本日から「トウガラシの世界史」(山本紀夫、中公新書)を読み始めた。
 本日は第1章「トウガラシの発見」、第2章「野生種から栽培種へ 中南米」を読み終わり、第3章「コショウからトウガラシへ ヨーロッパ」の途中まで読み終えた。

最初の植物栽培に関する考古学的な証拠は、ペルーの中部山岳地帯で紀元前8000年から7500年にまでさかのぼる。」(第1章)
 またトウガラシは神聖視あるいは貴重視されていたようだ。

辛みを身につけている植物は、辛みで動物から食べられないように体を守っている。にもかかわらず鳥はトウガラシの辛みをものともせず、実を食べる。・・・鳥に食べけられたトウガラシはは発芽率が極めて高くなる。鳥は種子を壊さずに化学的・物理的に果実の果皮を柔らかくする消化管を保有し、発芽を促進する。
(第1章)

(トウガラシなど)木本性(もくほんせい)の香辛料作物(コショウ・サンショウ等)はどれも品種の多様性という点ではトウガラシに遠く及ぱない。また熱帯などの一部地域に栽培が限定されるのにトウガラシは熱帯だけでなく、温帯でも栽培できる。その結果トウガラシは世界で一番さくさん栽培され、消費される香辛料なのである。」(第2章)

 第1章、第2章はトウガラシの基本的な知識である。私も辛みがカプサイシンということ、新大陸から最初にスペイン・ポルトガルに伝わり広がったということくらいしか知らないので、基本的な記述から引用してみた。
 第3章以降はヨーロッパなどトウガラシが伝わった地域でのトウガラシの受容に力点が移る記述になるようだ。トウガラシが広まる過程にこだわって読み進めたいと思う。
 


三冊を購入

2024年09月25日 20時23分15秒 | 読書

 最大瞬間風速は15m越えの北風で、最高気温が23.9℃止まり。平年よりも1.4℃程度低い。

 神奈川大学の生協で購入した本は、次の3冊。
「日本霊異記(上)」(中田祝夫、講談社学術文庫)
「トウガラシの世界史 -辛くて熱い「食卓革命」」(山本紀夫、中公新書)
「日経サイエンス 11月号」(日経サイエンス社)
 「日本霊異記」は、上・中・下の3冊ものだが、まずは上から購入。「日本霊異記の世界」(三浦祐之)を読むのに、手もとに置いて、原文を参照したいと思い購入。残り2冊は来週にでも追加注文したい。
 「トウガラシの世界史」は、たまたま目に付いた本。コロンブスのアメリカ大陸発見後に世界に広がった食材であるが、昔からどうしてこれほどまでに早く世界中に広く伝播したのか、各地の多様な食材として定着したのか不思議に思っていたことを思い出して、購入した。
 救荒作物でもないのに伝播した理由がわからなかった。「日本霊異記の世界」と並行して読みたい。
 「日経サイエンス11月号」は本日発売のようだが特集記事が「南海トラフ」と「スロー地震」ならびに記事の一つに「魔女狩りが起こる理由」を見つけたため。日経サイエンスは税込み1576円と少々高いのがつらい。「ニュートン」並の値段になってほしいものである。

 購入後、二人で中華料理店で冷やし中華と餃子を一皿ずつ注文し、二人で分けて食べた。昼食後妻は買い物、私は横浜駅の喫茶店で購入した本を拾い読み。その後小雨の中を帰宅。
 


読了「「川の字」文化の深層心理学」

2024年09月23日 23時00分30秒 | 読書

   

 本日の読書は、午前中と夜とで「「川の字」文化の深層心理学 親子の添い寝と「見るなの禁止」」(北山修・荻本快編、岩波書店)を読み終えた。
 やはり心理学というのは、もともと基本的な知識等がない中で、私には難解である。基本的な語彙などが解らずに読み飛ばした箇所も多数ある。

 ただ最後の田中優子の文章と、北山修・田中優子の対談は私なりに理解できたと思われる。ただしどれだけ読み込めたかは、自信はない。
 田中優子のように絵画を通して、その時代の文化を読み込むことは私にはとても惹かれる視点である。同時に江戸時代と明治維新以降の文化の断絶の深さと、同時に短時間での文化的な転換が為されたことへの驚きがある。そして私たちには江戸時代はもうなかなかイメージとしても手繰り寄せられることの困難さを提示されたようなものである。
 この断絶はきっと、1945年の断絶にも当てはまるのではないだろうか。私たちの年代ですらもうそれ以前の社会なり、文化なりは遠く霞んでしまっている。こんな大きな断絶を体験した「民族」史は稀有なのかもしれない。

春画には、男女や夫婦の性交を交えた「川の字」が描かれており、しかも、子どもを交えた濃密な関係が見られ、特に子どもが性交や性器をはっきりと目撃している様子も描かれています。春画は以外にも隠されたものではなく、むしろ多くの人が日常的に目にしていた可能性もあります。江戸時代の社会においては、性的な行為や関係は隠されていたのではなく、共同体ける一種の祭りに近いものとさえ感じられます。「見るな」と禁止されていたものではなかったのではないか。」(第9章、田中優子)

文化交流的な場面において、相手の文化では広く浸透している習慣だとしても、自分の文化にとっては珍しかったり聞いたことがなかったりする場合には、私たちは驚いたり、衝撃をうけたりします。・・相手の文化が異常だとか、過剰だとか言って、忌避したしまうことも起きるでしょう。新しい文化と出会う時に、どうしても自分の所属する文化が清浄で理想的であるというバイアスが自然とかかってしまうのかもしれません。「川の字」で寝る文化というのは、そのような慣習のない文化からみれば異質なものとして映るでしょう。日本語圏で行われた「川の字」の臨床を国際的なコミュニティで発信していくときに、私たちは他国の分析家や実践家から向けられる奇異の目や蔑視に向き合う必要があります。」(「あとがき」、北山修)
 


南風で強風注意報

2024年09月22日 20時42分24秒 | 読書

 昨日からの強い風は、南西ないし南南西の風で、正午過ぎに最大瞬間風速18.8mを記録していた。台風並であった。14時近くになってからようやく弱くなった。団地の中では号棟の間を西から東に吹き抜けていった。湿度が高く、時たま出てくる陽射しで蒸し暑い。
 午前中は、「古墳と埴輪」の第7章以降を読み終えてひと段落。
 昼食後バスにて近くのドラッグストアでの買い物につき合い、いくつかをリュックに受け入れてから、私は歩いて横浜駅の書店と喫茶店へ。
 短時間の書店での情報収集ののち、喫茶店で読書タイム。弱い雨が降り始めたのでバスにて自宅へ向かった。雨が上がったのを確認してからバス停の一つ手前で降りて、歩いて帰宅。
 帰宅後は石川県の豪雨被害の模様をテレビにて視聴。夕食後は北風に変わり気温も下がってきた。


読了「古墳と埴輪」

2024年09月22日 17時33分31秒 | 読書

   

 「古墳と埴輪」(和田晴吾、岩波新書)を読み終えた。

古墳時代の葬制の基層となるものは、弥生文化、ひいては中国・長江流域の船棺葬の文化にその淵源があったと推測される。」(第7章日中葬制の比較と伝播経路)

古墳時代後期後葉になると大王墳としては見瀬丸山古墳や平田梅山古墳(欽明陵)を最後に前方後円墳は造られなくなる。・・・前方後円墳は王権下全域でほぼ同時期に消滅する。前方後円墳を物的基盤としてきた天鳥船信仰も衰退し、埴輪もみられなくなった。・・・古墳時代後期後葉から飛鳥時代になると、中国・朝鮮半島諸国から仏教文化をはじめとする新しい文化や政治や社会制度が積極的に取り入れられ、・・・国かだ定めた法制的原理が集団関係を律する社会が動きたした。」(第7章日中葬制の比較と伝播経路)

 「古墳の儀礼は、(当時の)死生観・他界観のもとで独自の祖先崇拝が育まれ、その信仰に基づいて執り行われた。その信仰を「天鳥船(あまのとりふね)信仰」と名づけたが、その核心は、死者の魂は鳥に誘われた船に乗って他界へ赴くというもの・・・。この古墳の儀礼は、ヤマト老い県全域において、長期にわたり繰り返し行われ、当時の社会の人・もの・情報の流通を促す最大の原動力となったのであり、古墳づくりは国づくりそのものでもあった。」(おわりに)

 久しぶりに考古学の本を読んだ。一応古墳に関する現在の地平として記憶に留めておくことにしたい。

 


「古墳と埴輪」その4

2024年09月20日 21時41分31秒 | 読書

   

 「古墳と埴輪」の第6章「古代中国における葬制の変革と展開」を読み終わった。

船と鳥とが結びついた鳥船の図柄には少なくとも戦国末~前漢初(前3世紀)には出現していた雲南やベトナムから東南アジアに広がる銅鼓や南島諸民族の葬送儀礼にみられるような船首が鳥の頭、船尾が鳥の尻尾をなす鳥船と、後に列島でみられるような船首に鳥が留まる鳥船の二種類がある。時空ともに中国の例は不明だが、図柄的には、船首に水先案内の鳥が留まる列島的な鳥船のほうがより原型に近いように思われる。二つの鳥船は親子関係ではなく、兄弟関係なのであろう。」(第6章末尾)

 中国の葬制にはこれまでもあまり関心はなく、理解も覚束く、自信がない。 


「古墳と埴輪」その3

2024年09月19日 20時18分33秒 | 読書

   

 第3章「埴輪の意味するもの」の末尾、ならびに第4章「古墳の儀礼と社会の統合」、第5章「古墳の変質と横穴式石室」を読み終わった。

古墳は日本の歴史の中で死後の世界を可視化したものとしては、仏教的他界である浄土思想の表現に先行する、最初のものだたのである。古墳の文化史的・精神史的意義の第一はここにある。古墳の儀礼とは、祖先崇拝が重んじられた時代の古墳的他界観のもとで育まれた天鳥船信仰に基づいて執行された、亡き首長の冥福を祈る葬送儀礼であった。」(第3章末尾)

(古墳づくりの過程など)儀礼の場は運搬ルートを通じ広範囲に広がり、多くの人が参加し、集団の、あるいは集団と集団の結束力を強めた。古墳の儀礼の執行は造営キャンプだけに留まるものではなかった。」(第4章)

結束力の強弱は被葬者と共同体構成員の距離感によって大きく変わっていった。前期~中期前葉頃までは、構成員は首長の冥福と共同体の安寧と繁栄を祈って古墳の儀礼の執行に主体的に参加し、共同体、ひいては王権の結束を強めることになった。しかし首長が共同体の支配者に転じ、構成員を私民化しだした中期中葉~後葉頃には、巨体前方後円墳の築造が頻発し、古墳づくりは強制的なものとなり、構成員の心は首長や王権から徐々に離れ、・・・残された者の幸福につながるという幻想が崩れ、中期的な政治体制が崩壊した一因となった可能性がある。」(第4章)

列島各地に共通する様式の大小数多くの古墳が築かれ、・・・階層的秩序が形成されていた背景には、王権において大王ないし王権中枢の意志に基づき古墳づくりを統括する職掌(視葬者)が居なければならない。」(第4章)

 古墳づくりは、祖先崇拝を基礎とした国家という共同幻想の強化に役立つだけでなく、巨大石棺などの石材の運搬ルート整備、人員確保などの交通インフラ整備も兼ね、埴輪などの工芸集団の確保なども兼ねていたとの指摘は、魅力的であった。


「日本霊異記の世界」から

2024年09月18日 20時31分32秒 | 読書

 本日は二人で横浜駅で買い物。昼食に蕎麦店で暖かい蕎麦を2/3ほど。十分お腹がいっぱいになった。親に頼まれた買い物を二人で物色、その後妻は別のスーパーへ、私は書店を回ってから喫茶店で一服。
 喫茶店でいざ読書しようとリュックから本を取り出すと、読む予定の本ではない本が入っていた。家を出るときは「古墳と埴輪」の第4章以降を読むつもりであったが、入っていた本は「増補 日本霊異記の世界」(三浦祐之、角川ソフィア文庫)。
 どこで勘違いしたか。文庫と新書の大きさが違う上に、掛けたカバーの材質も色も違う。ボーッとしていたとしかいいようがない。「日本霊異記の世界」は次の次に読む予定にしていたものである。
 そうはいっても喫茶店でボーッとしていてもつまらないので、「増補 日本霊異記の世界」のまえがきと第1講に目を通した。なかなか引き込まれる叙述である。できればこの本を読む順番が来るまで、本日読んだところを覚えておきたいものである。まえがきを読んで早めに目を通したくなった。

   

 筆者は前書きで、「日本霊異記」(日本国現報善悪霊異記(にほんこくげんぽうぜんあくりょういき))について、「古事記、日本書紀、風土記が伝える伝承世界は、6・7世紀を基盤とし、霊異記説話の多くは8世紀に人々の間に流通していた。8世紀の散文的な表現世界の情報は、続日本紀などの正史や正倉院文書を除けば、霊異記だけが発信源」(要約)と捉えている。
 また、「古事記や播磨国風土記に描かれる笑われたりからかわれたりする天皇たちに近いところがある。霊異記に登場する天皇も貴族も普通の人々のフィルターを通して造形化されてきた」(要約)と指摘している。
 第1講は、「日本霊異記」と「日本書紀」の記述から、小子部(ちいさこべ)氏の先祖譚につながる「雷の岡」神話から。


「古墳と埴輪」

2024年09月17日 20時27分02秒 | 読書

   

 暑い最中の読書がなかなか進まない。最近よんでいる本とは目先を変えてみた。数年に1冊くらいは考古学関係の本を読んでいる。今回はこの本を選択してみた。

 著者の問題意識は以下に示されているようだ。

日本考古学では、この古墳の文化に一定の一体性と秩序が認められることから、政治的記念物としての古墳の築造上にヤマト王権や地域勢力の動向を重ね合わせることで、古代国家形成過程としての古墳時代の政治社会的研究に力を注いできた。しかし古墳の第一義は墓であり宗教的記念物なのだから、他界観や信仰といった宗教的意味や葬送儀礼での役割、あるいは社会的意味を問わなければ、古墳の本質には迫れない。」(はじめに)

 なお、次の指摘は多分私は初めて知った。
埴輪には、生産用具がないなど、他界での生活に必要なもののすべてが揃っていたわけではない。その点については埴輪と副葬品との比較から考えてみたい。」(第3章「埴輪の意味するもの」、1「埴輪の種類と変遷」)

 上記の指摘について、次のように結論付けている。
副葬品は首長の社会的役割(権益)を象徴する品々、埴輪は主に他界での生活に必要な食器、施設(家、囲など)、家具(蓋、椅子など)である。共通する武器・武具は、棺・槨内のそれは軍事権の象徴であるととに遺体を護る役割を担ったもの、埴輪のそれは首長の住む屋敷や他界ものものを護るためのものだったのであろう。小道具類は棺・槨に副葬品として納め、大道具類は他界に埴輪として備え付けたともいえる。」(第3章、5「埴輪と副葬品」)

 本日は第3章まで読み終えた。